王女レイナ

魔法の中の街

魔法の灯りに満ちた街を歩く。

すれ違う人々は、普通の人間ばかりではなかった。

耳の長い人間や、背の低い人間。

蜥蜴のような顔をしている人間や、犬か猫のような顔をしている人間もいる。

それらはすべて、蒼空が創りあげたものであった。


これまでの世界とまるで違う。

しかしなぜか、恐ろしいとは思わなかった。

むしろ当たり前の存在として受け入れられる。

いや、以前からそうであったような気もしてしまう。



「ダイヤルを回しただけで……自分の世界に違いないから、かな?」



玲菜はそう考えることにした。

これ以上難しく考えても、どうせ分かりはしない。

ならば今日だけは、ひたすら受け入れるのみだ。

もしかしたら、明日にはすべて元通りになるかもしれないのだから。



「……で、殿下!」



観光気分で歩きはじめた玲菜に、大声が届いた。

その声が自分に向けられたものだと、玲菜はすぐに分かった。

声がしたほうを見ると、甲冑姿の男たちがいた。

いずれの目も、じっと玲菜を見据えている。



「え、えーっと、私、のことだよね?」


「もちろんであります!」


「もしかして、捜してた? とか?」


「もちろんであります!!」



甲冑姿の男たちが玲菜を取り囲んだ。

玲菜は驚いたが、抵抗はしなかった。

どうしてこうなったか、なんとなく分かっているからだ。


ダイヤルを弄った玲菜が変えたものは、自らの容姿だけではなかった。

一度は体験してみたい「王女」に、自らと世界を調整していたのだ。

それゆえ、今ここに現れた男たちが何者なのかも分かる。

彼らはみな、王家に仕える騎士なのだ。



「もう帰るから。大丈夫だって」


「そういうわけには参りません。朝からずっと捜しまわっていたのですから」


「朝からって……また、そんな。学校に行ってただけだし」


「……ガッコウ? それは何処のことで?」


「え?? あ、あー。えーっと、うん。なんでもない。忘れて?」


「承知いたしました、殿下」



騎士たちが玲菜に向かって畏まる。

玲菜はどきりとして、騎士たちに「そんなことしなくていいから」と告げた。


玲菜は騎士たちに囲まれたまま、自分の家に向かった。

護衛されているというより、連行されているようだと、玲菜は思った。



(……実際、連行されてるのかも?)



玲菜は一応、この後のことを覚悟することにした。

一国の王女が、城を出て、街を出て、夜まで帰ってこなかったのだ。

引きずり帰されて当然。

叱られても当然である。



「さあ、王女殿下」



ぐっと顔をしかめていた玲菜に、騎士のひとりが声をかけてきた。

玲菜は騎士を見て、首を傾げる。

するとその騎士がにこりと笑い、大通りの先を指差した。



「馬車を呼んでおきました。ここよりは、どうぞあちらでお帰りください」


「……バシャって、あの馬車?」


「……もちろんその馬車です。もしかして他にも意味が?」


「あ、ううん。なんでもない、なんでもない」



玲菜は慌てて両手を振る。

騎士が小さく首を傾げ、「承知いたしました」と短く答えた。

そうして騎士が、大通りに向かって片手を上げた。

すると彼らが呼んだらしい馬車が、玲菜の前へ駆け寄り、仰々しく止まった。



「それでは殿下。我々は後から付いて行きます。どうぞお先に」


「あ、うん。ありがとう。騎士さんたち」


「勿体ないお言葉です」



馬車に足をかけた玲菜に、騎士たちが礼をする。

玲菜は一度振り返り、騎士たちへ小さくお辞儀をした。

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