華やかなる王城

馬車の中には、使用人らしき女性がいた。

玲菜に向かって一礼してくる。

玲菜は釣られて、使用人らしき女性に返礼した。


玲菜が腰かけると、使用人らしき女性が御者に声をかけた。

すると馬車が飛ぶように駆けはじめた。

大通りは整備されて平坦であったが、車内はがたがたと激しく揺れた。

自動車に乗るのとはまったく違うなと、玲菜は思った。



「心配しましたよ、殿下」



使用人らしき女性が言った。



「あ、うん、そうみたいね」


「散策であれば同行いたしますから、次はお声がけください」


「……う、うん」



玲菜はかすかに俯く。


自ら調整した、「王女」という設定。

どうにも慣れないと、玲菜は眉根を寄せた。

しかしそれもまた、早々に受け入れる必要があった。

駆ける馬車が、街の中心にある城へ向かっているからだ。



「どうかしましたか、殿下」



使用人らしき女性が、玲奈を覗き込むようにして尋ねてきた。



「え、う、ううん、なんでもない」


「叱られるかもとお悩みですか?」


「それも、あるかも?」


「王陛下はきっとそれほどお叱りにはなりませんよ。王后陛下は……分かりませんが」


「え……つまり、お母さんが?」



玲菜ははっとした。

元の世界でも、父は物静かで、母は厳しかった。

この世界でも同じだということか。

とすれば、王后となった母はもっと厳しいのではないか。

母の厳しい顔を思い出し、玲菜は唇を強く結んだ。



「自業自得ですよ、殿下」


「えええ……いや、学校に行ってただけだし……」


「……ガッコ……? とにかく、言い訳を考えておいてくださいね」


「……はあい」



がくりと項垂れる。

言い訳なんて思い付くはずもない。

しかしなんとかしなくては。

玲菜は焦ったが、やはりなにも思いつかなかった。


こういう時に限って、時間は早く過ぎていく。

あっという間に、馬車が城へ着いた。

多くの騎士や使用人たちが、玲菜が乗る馬車を出迎えた。



「お帰りなさいませ、王女殿下」



幾人もの使用人を従えた老執事が、玲菜に礼をした。

馬車を降りた玲菜は、両手を擦り合わせ、申し訳なさそうに頭を下げた。

とにかく、しおらしい態度を取る。

言い訳を思い付けない玲菜が取れた策は、それだけであった。



「ご、ごめんなさい」


「ご無事で何よりです」


「そんな大袈裟な……」


「大袈裟ではありませんぞ。街の外には魔物がいるのですからな」



老執事が街の外を覗くようにして言った。

そういえばそうだったかもと、玲菜はダイヤルのことを思い出した。

魔物とか、魔王とか。

そういう変なものはすべて、蒼空がダイヤルを調整して存在させたのだ。

ならばたしかに、街の外は危険なのだろう。



「い、以後気を付けます」


「そうするべきですな」


「はい……本当にごめんなさい」


「反省しておられるなら、私からはもはやなにも言いますまい。王后陛下には私から強く言ったと言っておきましょう。そのほうが宜しいでしょう?」



老執事が仕方なさそうに笑った。

どうやら彼は、玲菜の味方であるらしい。

玲菜は老執事の手を取って感謝した。



「では、参りましょう」



老執事の手が、玲菜を招くように流れた。

流れた先に、玲菜は目を向けた。


華やかな城が、聳えていた。

魔法の灯りで煌めいているだけではない。

磨かれた白い石で組まれた外壁。

銀と金の装飾がほどこされた窓。

絢爛な大玄関の大扉。

その大扉までの道を、白い花木が飾っている。



「なにこれ、やば」



玲菜はついこぼした。

その声に、老執事と使用人たちが首を傾げた。

玲菜は慌てて苦笑いし、口元に手をそっと当てるのだった。

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