世界再調整ダイヤル

遠野月

世界再調整ダイヤル

再調整の夜 前編


なにかが、玲菜の足を掴んだ気がした。


夜に沈みはじめた公園。

すでに足元も暗い。

とはいえ、誰もいない、平坦な地面であった。

足を掴む者はもちろん、足を引っ掛けるような段差すら、見当たらなかった。


しかし間違いない。

一瞬だが、なにかが玲菜の足を掴んだ。



玲菜は体勢をくずし、倒れる。

傍にいた友人、蒼空(そら)が玲菜を抱き支えようとした。

ところが、間に合わなかった。

玲菜と蒼空は、誰もいない夜の公園で、受け身も取れず倒れた。



「い、ったあ……」



玲菜は悶えつつ、顔を上げる。

そのすぐ傍に、蒼空の顔があった。

玲菜と同様に、苦痛に顔を歪めている。



「いってえ……だ、大丈夫か、玲菜」


「大丈夫じゃないって。支えるのが遅いよ」


「悪い……って、あれ?」



謝る蒼空が、倒れたまま首を傾げた。

なにに首を傾げたのか。玲菜はすぐに分かった。

玲菜もまた、奇妙な光景を見て、奇妙な感触を覚えていたからだ。


玲菜の左腕と、蒼空の右腕が、消えていた。

切断されているわけではない。

得体の知れないなにかに遮られ、見えなくなっていた。

そしてふたりの消えた手は、得体の知れないなにかを掴んでいた。



「なに、これ……?」


「……分からねえ」


「なにかの輪っか? 見えない、けど」


「小さな、ハンドルみたい、だな? 動かせる、みたいだ」


「え、動かしたの?」


「動いちまった」


「やめてよ、変なことするの……って、え? え?? そ、蒼空??」



玲菜は驚きの声を上げた。

隣にいる蒼空の顔が、別人になっていたからだ。


二人はまだ高校生であった。

しかし今の蒼空は、高校生といえる年齢の顔ではない。

明らかに、四、五十歳ほどの顔に変わっていた。



「あれ……俺、なんか、身体が変だな……」


「変どころじゃない! やばいって! すごい変だって! おじいちゃんになってるって!」


「お、お前もおかしいぞ? ガキみたいになってんじゃねえか!」


「え? え、あ、あれ??」



玲菜は消えていない自らの右手を見る。

蒼空の言う通り、玲菜の手は幼女のように小さくなっていた。

きっと顔も幼くなっているのだろう。

発している声も、どこか甲高い。



「このハンドルのせい? う、動かしたから??」


「さ、さあな。戻してみようぜ……」


「う、うん。……こ、こう、かな」


「……お、元の玲菜に戻ったぞ。俺は? 俺はどうだよ?」


「う、うーん、まだ少し、おじさんっぽい」


「マジかー」



蒼空ががっかりした声をこぼす。

その間もハンドルを回しているのか、蒼空の顔が老いたり若返ったりした。



「……ねえ、ハンドルの隣にも、たくさん動かせるものがあるけど」



玲菜は目を細めて言った。

ハンドルの傍には、大きなハンドルがあったり、小さなダイヤルのようなものが幾つもあった。

それらに触れているうち、玲菜と蒼空はなぜか、それらがどのようなものか分かった。



「ホントだな。こっちは……背が高くなるダイヤルで、こっちは、時間のダイヤル?」


「ちょ、ちょっと、変なの触らないでよ」


「分かってるって。はは」


「本当かなあ、もう」



玲菜は呆れる。

しかし玲菜も、ハンドルやダイヤルから手を離せずにいた。


あまりにも現実感が無い。

夢を見ているような感覚。

この手を離せば、こんな事は二度とないだろう。

その想いが、ふたりをそこに縛り付けた。


ふたりはゲームを楽しむように、ダイヤルを弄りつづけた。

ダイヤルによる変化は、ふたつ以上の組み合わせで効果が変わるようであった。

自らの姿を変えられるだけではない。

玲菜と蒼空がいる世界までも創りかえることができた。


恐ろしいことをしている気もしたが、玲菜と蒼空は気にしなかった。

あとですべて、元に戻せばいい。

そう、気楽に考えていた。



「……でも……ねえ、そろそろ終わりにしない?」



さんざんダイヤルを弄ったあと、玲菜は片眉を上げて言った。

玲菜の姿は、金髪の美しい少女に変じていた。



「そうだなあ。ま、少し飽きてきたな」



蒼空が笑いながら答えた。

蒼空の姿も変化していた。

髪は黒いままだが、やや美形になり、背も高くなっていた。

筋肉量まで調整したのか、学校の制服を着ていても分かるほど逞しい身体になっていた。



「よっと……、おい、玲菜。見てみろよ。すっげえぜ……!」



立ち上がった蒼空が辺りを見回す。

玲菜は釣られて立ち上がり、同じように辺りを見た。

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