交差する思惑

王女暗殺決行の日が、クレイから伝えられた。

どのようにして知ったのかは聞かなかった。

どうせろくでもない方法で、四方八方に網を張っているのだろう。



「当日は、殿下の傍にもうひとり侍女を付けます」



庭園を散歩している途中、クレイが言った。

暗殺計画が発覚してからというもの、密談をするときは必ず庭園で行っている。

誰も近くに寄らせないし、寄ってきたらすぐに分かるという丁度いい場所だからだ。

しかも、端から見ればただの仲睦まじいふたりとして見られるだろう。



「その侍女は、護衛ですよね」


「カムハ家の騎士で、腕利きです」


「クレイはどこに居るの?」


「襲撃してくる可能性が高い場所辺りで待機します」


「堂々と見張っていたりしたら、バレちゃうんじゃない?」


「そうならないよう我らは少数で動き、要所のみに兵を配置させます」



そう言ったクレイが、いくつかの塔に視線を向けた。

塔には窓があった。

窓からは庭園だけでなく、いくつかの廊下を見下ろせそうであった。

クレイはそこからの遠隔攻撃だけは防ぎたいと、レイナに明かした。



「魔法や弓による遠隔攻撃さえ防げれば、襲撃手段は近接的なものとなります」


「それなら、護衛の人たちでなんとかなる?」


「時間稼ぎはできるでしょう」


「そんなに強い人が襲ってくるものなの?」


「当然です。暗殺を実行する側は、確実に達成できなければ不利になりますからね」


「……もう、クレイがずっと傍にいたほうがいいんじゃない?」


「はは。そうすれば暗殺が中止になってしまいますよ。絶対阻止できますから」


「……なんかムカつくなあ」



レイナは顔をしかめる。

クレイが小さく笑い、仰々しくレイナに向かって頭を下げた。



そうして、暗殺決行当日。

寝不足のレイナは、いつも通りの公務に励んだ。

白奉官に顔を見せ、幾人かの貴族とも会った。

保守派の貴族とも顔を合わせたが、いずれの貴族も平然としていた。

暗殺計画など存在しないのではないかと思うほどに、いつも通りの一日であった。


護衛として付いてきているカムハの女騎士は、ずっと緊張していた。

侍女の姿をしているが、侍女とは思えないほど目をぎらつかせている。



「す、少しは気を抜いていいと思うけど」


「そうは参りません」



女騎士が即答した。

ドレスの下に隠し持っている剣の辺りに手を当て、左右へ視線を送っている。

騎士だと知らなければ。挙動不審すぎる侍女だなとレイナは思った。

しかし守ってもらっている身なので、余計なことは言えない。



「クレイはどこに居るか知ってる?」



レイナは居心地の悪さを解消するつもりで、女騎士に尋ねた。

すると女騎士が首を傾げた。

「ご存じありませんでしたか」と困り顔まで見せてくる。

どうやら互いのことは何でも知っているのでは? と思っているらしい。

レイナは素直に、「全然知らないの」と答え、肩をすくめてみせた。



「……えっと、ですね。閣下は今、東棟の執務室で待機しております」


「……それって、普段の仕事もしながらっていうこと?」


「左様です。保守派に感付かれないようにしているとのことです」


「ふーん。そうだとしてもずいぶん余裕なんですねえ。私たちはこんなに緊張しているのに。そう思いません?」


「……ほんの少し、そう思います」


「本当に、ほんの少し?」


「……いえ、実はもっと。……ああ、でも、このことは内密に願います」


「ふふ。分かっています。私たちは同志ですからね」



レイナは女騎士の肩をとんと叩く。

女騎士の目が丸くなった。

ほんの少し、気が抜けたらしい。

微かな緩みが瞳に宿った。

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