蒼空の行方
クレイが去り、自室に戻ったあと。
レイナは久しぶりにベッドへ突っ伏し、シーツに顔を埋めた。
ドレスがしわくちゃになろうが、知ったことではない。
なにもかもから逃げ出したくて、ベッドの上でジタバタした。
「殿下」
侍女が声をかけてきた。
先ほどの侍女に扮した忍者ではなく、いつも傍にいる侍女だ。
「靴だけは脱いでください」
「……脱がして」
「はいはい」
「……マッサージもして」
「はいはい」
「……あ、ちょ、い、痛、た!」
「お疲れですね」
「ホントに疲れたよお……なんなんだよ、もお……」
レイナはベッドに顔を埋めたまま呻いた。
クレイの前では強がってみたものの、暗殺など恐ろしいに過ぎる。
つい最近までただの女子高生だったのだから、余計にそう思うところだ。
(……逃げ出してしまいたい)
街の外まで逃げて、あの場所でダイヤルを回してしまいたい。
蒼空がいなくても、ダイヤルさえ握ることができれば元の世界に近い状態まで戻せるだろう。
だが、しかし。
レイナひとりでダイヤルを回せば、蒼空はどうなるだろうか。
ふたりでダイヤルを回さなければ、蒼空は正しく、元の世界へ戻れないのではないか。
レイナは呻き、悩む。
こうした自問自答を、毎夜ずっと繰り返してきたからだ。
「……蒼空、どこに行ったのよ、あのバカ」
呟く。
すると、傍にいたらしい侍女が微かに反応した。
「……どうしたの?」
「なんでしょう?」
「……もしかして、蒼空の居場所、分かったの……?」
レイナは顔を上げる。
傍にいた侍女が、レイナから半歩距離を取った。
「……ねえ、なにか隠してる?」
「聞かないほうが宜しいかと」
「……どういうこと? ま、まさか……魔物にやられた、とか……じゃ、ないよね……?」
「そのようなことは」
「やっぱりなにか知ってるのね。早く言って!」
レイナは声を荒げた。
すると侍女の表情が少し曇った。
声を荒げたレイナに怯えたわけではない。
悲しむような、虚しむような表情であった。
しかしレイナは侍女に詰め寄り、再度蒼空の居場所を尋ねた。
侍女はしばらくの間を置いて、観念したように口を開いた。
「蒼空様かは存じませんが、ソラという名の若者がユブラム大陸へ渡り、ユブラム大陸北方への通行許可を取ったと」
「……え?」
「ミルデトラスの壁を越えて以降は正確な情報を掴めておりませんが……ゲルア剣山を越えたという話も聞いております」
「……え、そ、それって」
「現在、勇者様と呼ばれている方のことです」
侍女がレイナの顔を窺うようにして言った。
レイナは驚き、目を丸くしたまま固まった。
侍女の言葉が、耳には入ってきていても、心に落ちてこなかったからだ。
「……それが、蒼空って?」
「先ほども申し上げました通り、蒼空様かは分かりません。ただ、勇者様の名は、ソラ様です」
「……え、え、えええ」
レイナは数歩下がる。
後ろにあったベッドに足があたり、レイナはぽすんとベッドに腰を落とした。
蒼空が、勇者?
まさか。いや、しかし。
戸惑いながらもレイナは、ダイヤルを回したときの蒼空の姿を思い出す。
逞しい、あの身体。
違うとは言い切れない。
玲菜だって王女になったのだ。
蒼空が勇者になったとしても不思議はないし、咎められもしない。
「……でも、蒼空が勇者……? 似合わなすぎでしょ」
レイナは苦笑いした。
先ほどまでの悩みなどどこかへ消えてしまうほど、馬鹿馬鹿しいという気分になった。
(……だけど)
レイナは改めて気持ちを引き締めた。
蒼空が勇者ならば、レイナはもう、立ち止まるわけにはいかない。
蒼空を助けるためには、勇者への支援は必ず実現させなければならないのだ。
もはや王女暗殺などという言葉の響きに怯えている暇はない。
蒼空はレイナよりももっと、苛酷な状況にいるはずなのだから。
「……あー、もう、やるしかないじゃない」
レイナは顔を上げ、自らを奮い立たせるのだった。
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