援ける者

王女の中庭



手入れされた花壇に、貴族の男の手が伸びる。

その手で花を摘み、香りを楽しみ、微笑む。


不快な笑顔だと、レイナは思った。

しかし表情には出さず、堪える。

するとレイナの心を汲み取れない貴族の男が、花をレイナに捧げた。



「ありがとうございます、ハルマドラ卿」



レイナはにこりと笑い、花を受け取る。

ハルマドラ卿と呼ばれた男が、レイナに跪いた。



「ジェイドとお呼びください、殿下」


「あ、はい。ジェイド様」


「はは。今日は実に幸運でした。稀な休日に、こうして殿下とお会いできたのですから」


「そう、ですね」



レイナは頷く。

内心は「うるさい、馬鹿」と思いつつ。


ジェイドとこうして会えたのは、偶然ではなかった。

入念に時間の調整を行った結果であった。

そうしなければ、なにかと忙しい王家の人間が、貴族の男と庭園で寛げるはずもない。


レイナの、王女としての仕事はこんな事ばかりであった。

有力な貴族と定期的に会い、関係を構築していく。

円滑な政事には、こんな馬鹿みたいなこともやらなくてはならないらしい。



(でも、こいつ。馬鹿なんだよね。仲良くする意味ないと思うけど)



レイナは笑顔を維持しつつ、心の内で毒を吐いた。

レイナはジェイドが嫌いであった。

ジェイドは三十代半ばの独身で、バツサンだ。

権力者ではあるが、女を物としか見ていない男だ。

王女であるレイナに対しても、ジェイドの目は邪に揺れている。



「……ジェイド様、お茶の用意をしますよ、ご一緒しませんか」



吐き気を抑えて、レイナは言った。

侍女たちに声をかけ、準備をお願いする。

といっても、準備は事前にほぼ終えているのだが。



「ありがとうございます、殿下。是非とも」


「それでは、こちらへ」



レイナはジェイドをガゼボへと案内する。

ジェイドが嬉々として、レイナの隣を歩いた。


レイナはガゼボへ向かう間も、そこでお茶をする間も、心を殺してジェイドをもてなした。

察した侍女が、レイナの紅茶だけとびきり甘くしてくれた。

これまでの付き合いで、甘い紅茶が好きと知ってくれたのだ。


その甘い香り。

微かな安らぎを得る。



「そういえば」



香りを遮るようにして、ジェイドが声を通した。



「ユブラム大陸に、勇者がまた現れたとか」


「勇者が? それは、本物の??」


「さあ、本物かどうかは。しかし今回の自称勇者は、すでにミルデトラスを越えたとか。頼もしい限りです」


「ミルデトラスの先は、地を覆うほどの魔物がいると聞きますが……」


「そのようで。まあ、少しでも魔物を減らしてほしいところですな」


「……魔王を撃つまではいかないと?」


「はは。撃てますまい。いつもの、自称勇者でしょうからな」



ジェイドの笑い声が、邪に揺れた。

その声に、レイナはほんの少し目を細めた。

心の内では、怒りに満ちた。

まるで他人事のように語るジェイドを、今すぐ引っ叩きたかった。

しかし、ぐっと堪える。



「……なにか支援は出来ないでしょうか」


「支援? はは、無駄です」


「無駄?」


「きっともうじき死にます」


「……そんな」


「ですから、少しでも魔物が減ればいいと言ったのです。いや、しかし。はは。今回は少し生きのいい勇者様らしいですし、期待できますぞ」


「……そう、ですか。期待、できますね」



レイナは、小さく頷く。

そうして一口、紅茶を飲んだ。


真っ黒になった感情のせいか。

紅茶に足した甘みは、微かも感じ取れなかった。

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