悩みを火にくべて


天穿の壁ミルデトラスの北。

ゲルア剣山。


剣山という名の通り、山肌には鋭い鉱石が無数に突き出ている。

それらの鉱石は魔力を含んでいるらしい。

ミルデトラスを登りきれなかった魔物の魔力を吸っているというのだ。

そしてまた、新たな魔物を生み、ミルデトラスを越えようとする。



「地獄みたいな場所だな」



ソラは撃ち倒した魔物を見下ろし、顔をしかめた。



「そうね。もし魔王を倒しても、ここの地獄はしばらくつづくわ」


「……ゲームみたいには、いかないんだな」


「なんの遊びの話かは知らないけど、勝ちか負けかっていう単純な話じゃないのは確かね」



シェルトラが虚しそうに言った。

その声の響きが、ソラの胸を打つ。


ゲームや、映画とは違う。

魔王を倒しても、すぐに平和になるわけではない。

今よりほんの少し、将来が明るくなるだけだ。



(……それって、意味あるのか?)



これほどに苦労して、小さな意味しか残さない。

勇者の旅に、意味など無いのではないか。

ソラは魔物を撃ち倒しながら、虚しさを覚えた。

その虚しさは、きっとソラだけのものではない。

五人全員が、心のどこかで抱いている。



「ソラ。そんな顔をする意味なんて、ないわ」



シェルトラがソラの肩を叩いた。

振り返る。

シェルトラと、オド。メルも。

ソラを心配そうに見ていた。

グンバだけ、道の先を見て警戒をしている。



「行くと決めたなら、行く。心の揺らぎは、死に直結するのよ」


「そう、だよな」


「悩みは、みんなある。私にも。メルにも。脳筋のオドやグンバにだってね」


「脳筋とは失礼です。グンバ殿はともかく、私は頭脳派ですよ」


「そうだっけ?」


「はっはあ。それでは頭脳派であることを示しましょう」



オドが後ろを向き、杖を構える。

後方から、魔物の群れが迫っていた。

そのすべてに、オドの魔法が放たれる。

地を舐め尽すような業火が、魔物の群れを焼き滅ぼした。



「いかがです?」


「ふふ。これでしばらく、後ろの憂いはなくなったわね」


「その通り。さあ進みましょう、ソラ殿。悩みは火にくべて、魂を奮わせる。男とはそういうものです」



オドがにやりと笑う。

ソラは目を細めたが、すぐに唇を強く結んだ。

自らの頬を打ち、道の先へ顔を向ける。

先の方で新たな敵と戦うグンバが、ソラ達を呼んでいた。



「……悪い、グンバ。すぐに行く!」



ソラは剣を握り締め、駆ける。

ソラの後ろを、業火の勢いに押された三人も駆けた。


ゲルア剣山を焼く火は、それから七日七晩燃え盛るのだった。

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