天穿の壁ミルデトラス

ミルデトラスを目指す五人。

彼らの首筋に、赤い紋様が浮かんでいる。

ジェカンで得た、複数国の国境を越えるための許可証だ。

紛失しないで済むよう、物ではなく、あえて身体に描くのだという。



「この紋、あとでちゃんと消せるよね?」



ソラは不安そうに言った。

その質問に、グンバが首を傾げる。



「こいつは英雄の証みたいなもんだ。この紋があるだけで、ワシらはどの街や村でも援助が受けられる。消そうなんて思う奴はおらんぞ」


「……へえ、そういうものなんだ」


「まあ、事が済めばジェカンで消せる。生きて還れたらな」


「死にはしないさ」



ソラは自信を持って答えた。

なんと言っても、自分は勇者なのだ。

勇者が死ぬなどあり得ないと、ソラは信じていた。


しかしその自信は、天穿の壁ミルデトラスを前にして打ち砕かれた。



「……なんだこれ、無理だろ」



ミルデトラスの壁を見上げ、ソラは呻いた。


ミルデトラスの壁は、数百メートルはある高い壁であった。

それが東西へ延々と延びている。

登るための階段は一応あるが、手摺などはない。

狭い階段が、壁を這うように上へ伸びているだけであった。



「メル殿の魔法で集中力を高め、登るのです。この壁は、神官の力がいなくては絶対に越えられません」


「上から誰か引き上げてくれたらいいのに……」


「そんなものがあれば、魔物に利用されてしまうかもしれません」


「そりゃ、そうか……」


「さあ、口を閉ざしましょう。ここよりは、わずかな気の乱れも命取りです」



そう言ったオドが、ミルデトラスの壁に手を這わせた。

階段の幅は、足がひとつ置ける程度。

壁の上までは、壁を這って進まなければならない。


ソラはぐっと唇を結び、一足ずつ階段を登った。

登るほどに、恐怖心が増す。

落ちれば必ず死ぬと、全身の細胞が叫んでいる気がした。


救いは、メルの魔法だけであった。

驚くほど意識が鋭くなり、体勢を崩す気がしない。

体力も回復されるため、恐怖に呑まれない限りは何処までも進める。


そのメルを、グンバが背負っていた。

メルが魔法に集中するためには、そうする他ない。

しかしメルの魔法は、長くつづかないとオドが言っていた。

長くても日没まで。

それまでに登りきらねば、ソラ達はなにも成し遂げずに全滅する。



(……この旅が終わったら、高所恐怖症になるな)



ソラは一足進むごとに、唾を呑んだ。

足元を確認するため、どうしても下を見る必要がある。

そのたびに、心の奥底が震えた。

全身が震えずにいられるのは、魔法のおかげなのか。それとも、気が狂ってきたからか。


勇者という称号など、何の意味もない。

壁を登る間に、ソラは自らの内にあった意味のない自信をすべて捨てたのだった。

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