ニハの国

城から出られない五日間、玲菜は自身と世界のことを知ることに努めた。


まず、玲菜のいる国の名は「ニハ」といった。

ニハは富んだ国で、貴族たちだけでなく、国民の生活水準も高いようであった。

地図を見ると、ニハの国とその周辺の島や大陸は、玲菜が元いた世界と同じ形をしていた。


元の世界と大きく違うのは、やはり魔法の存在であった。

世界は魔法力の強い一族が国を治めていた。

玲菜の一族も同様で、玲菜自身も高い魔法力があった。



「レイナ。勉強しているのかい?」



図書室にいた玲菜に、父が声をかけてきた。

いつもと変わらない父だが、やはりこの世界の人間なのだと玲菜は思った。

玲菜のことも、レイナとして見ている。

それが少し、玲菜は寂しかった。


とはいえ、受け入れる他ない。

蒼空に会えず、ダイヤルも元に戻せない今。

レイナとしてこの世界で生きる他ないのだ。



「えーっと……お父、様は、この世界のことを、どう思っているの?」



レイナは本を置き、父に顔を向けた。



「不思議な質問だね。どうって?」


「その……魔物とか、魔王とか……やっつけてしまえば、もっと平和になるし、街の外にも出られるでしょ?」


「はは、街の外にどうしても出たいんだね? まあ、確かにそうだ。魔王を倒せば、もっと自由に生きられるだろうね」


「それじゃあ」


「でも、魔物はともかく、魔王は私たちには倒せない。世界の理が、魔王の存在を守っているんだ。魔王を倒せるのはただひとり、勇者の力を持つ者だけなんだよ」


「……そんな、ゲームじゃないんだから」


「ゲーム? はは、レイナは最近不思議なことを言うね。まるで私たちには分からないなにかを見てきたようだ」


「え? ……あ、あはは。ごめん、なんでもないの」



レイナは両手のひらを見せ、頭を振る。

首を傾げていた父が、「そうかい?」と言い、レイナの頭にとんと手を乗せた。


大きな父の手。

父が王様だから、そう思うのだろうか。

それとも、前の世界でもそうだったのだろうか。


父を前にして、レイナは前の世界の父に会いたくなった。

父だけではない。

母にも。兄にも。

学校の友達にも会いたい。

会うためには、またあのダイヤルを回さなければならない。



「勇者が見つかれば……魔王がいなくなれば……本当に、魔物がいない世界になる?」


「ああ、きっとね」


「私、約束があるの」


「そうか」


「うん」



レイナは頷く。

あの日、「明日会おう」と交わした、小さな約束。

レイナの脳裏に、格好良くなる前の蒼空の顔がよぎった。

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