第2話
昭和12年の話。
独立山砲三連隊に動員令は下った。
「お前達は陛下の為に身命を賭して働く時は来た。一死をもって大君の為に働いて貰いたい。願わくは出征まで数日あるのでその間、または出征途中に於いて間違い無きことを望む」
露溝橋事件は遂に北支事変となり、新聞は盛んに北支の炎天下に於ける将兵勇士の奮闘を伝える。
我々、現役兵士は一刻も早く出征することを祈り待っていた。
その時はきた、独立山砲第三連隊に動員命令は下った。
昭和十二年七月二十七日、午後四時に連隊全員、広い営庭に集合して連隊長殿の訓辞を受ける。
しかし全員が行ける訳ではない、大部分の人は補充人員として残るのである、我々の初年兵で残る者は全く悄気返っている。
反対に出征する者は例えようもなく喜んでいる。
私は特に病弱で農学校もやっと卒業したほどで、親も非常に心配していた。
思いもよらず甲種合格し戦場に行けると思うと、天に伏し地に伏したいほどうれしかった。
命は遠からず駄目かと以前は思っていたのに入営、出征とは我ながらなんと、この運命の変転には驚いた。翌日より続々と応召兵士が「万歳」の声に送られて入営してくる。
でっぷりと太り、腹は重役腹に突き出していて、何処の社長か支配人かと思われる四十才前後の人が一等兵の軍服に着替えた姿を見ると吹き出してしまう。
今までは社会の中堅であり、家に於いては主人であり、父であった者が今から我々二十二~三才の者達と一緒に軍隊生活が始まるのだ、戦場生活も気の毒なような気がするが、我が民族の風雲急と聞くや君国の為に一身一家を顧みず勇躍、家を出てきて君国の為に生命を投げ出そうというのだ。
毎日、酷暑の中で出征の準備は着々と進められる。
準備に汗一杯で多忙の時、故郷の父母妹が面会に来た。
少し待たせて行って見ると結婚間もない妹や母方の祖母、嫁に行った叔母が来ている。
話は何時しか、未だ見ざる戦場の話に花が咲く。
営門の所まで見送り別れる時「必ず手柄を立てて、生きても死んでも金鵄勲章を貰って来ます」と言えば、母は私をしみじみと見てニッコリと笑ってくれた。
多分、この懐かしい母の顔は再び見ることは出来ないだろうと思った。
(父はこの戦争で約束したどうり
金鵄勲章を貰っていた)
今までは随分と母には心配をかけ何も孝行も出来ないまま良く育てて下さったと思って、心の中で母を拝んだ。
しかし今度の出征は御国の役に立ち、大いに親孝行出来ると思うと本当に嬉しかった。
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