第5話こ

毎日、衛兵が対空監視しているが軍船の飛行機が常に護衛しているので、さほど大した心配は要らぬようだ、夜は外部の電灯は消して警戒は万全を期す。

航路は常に一定せず、朝鮮沖を通るので大連かと思えばさにあらず、太沽かと思えば再び大連方向へ行く。

全く怪しい航路を取って行く、これは軍艦が先頭を行っていて無電で命令が来ているとの事である。

外国船に我らの船が発見されない為だと、時には演習もあるが、食事と馬の飼い付け以外はたいてい日陰の所で涼んだ。

毎日が酷暑で蒸し風呂状態なので汗はしたたかに出るが、風呂に入れないのでやりきれない。

船員の親切で風呂の代用としてボートの中に海水を満たしてくれた。

入部上等兵を誘って裸になりボートの中に入った、船が傾く度にボートの中の海水はダブ、ダブと波が立って海水がボートから溢れ出ている。

入部上等兵はたちまち顔色が青くなり船酔いを始めたので帰ってしまった。

我々は太陽がギラギラ照る甲板上で潮風に吹かれながら入浴出来てよい気持ちだった、部屋に帰ってみると入部上等兵は船酔いで寝込んでいる。

玄海灘を航海し続けた十六日の朝、見渡す限り黄色い海の太沽沖に着いた、少し雨模様であったが午後からは晴れる。

我らは海水は何処の海も綺麗に澄んでいると思っていたが、まだ陸も見えない所の海水が真っ黄色だ、こんな海は初めて見た。

夕方よりダンベル船が来て荷物の移乗を始める、ダンベル船に乗っている支那人を初めて見たが盛んに何か喋っている。

工兵の話では、これら支那人は皆無報酬とのことで、この姿を見て敗戦国民の悲哀さを感じた。

夕方、私もダンベル船に愛馬と共に移乗し本船であった大龍丸を離れる。

広い海を白波を蹴立てて走り、約一時間も走ったと思った頃、赤土の大陸を初めて見る、土ばかりで造った支那民家が点在している。

赤褐色の海の中を三角帆のジャンクが大小を問わず英国旗を掲げて多数上下している。

綺麗な芝生のある家は必ず英国旗が立っている、今までに見たことのない風景を眺めて異国情緒を十分に味わった。

岸には支那婦人が桶を担って泥水を汲みに来ている、何に泥水を使うのかと思ったら支那通の人の話では「支那人は井戸など掘らずに、泥水を澄まして飲料水にしている」とのことである。

驚いてしまった、我らが理解出来ない民族なのかと思った。

上流の岸には三千トン位の英国客船が係留してあり、甲板には背の高い外人が我々を珍しそうに眺めていた。

船を岸に係留して上陸が終わったのは夜中の二時だった、支那大陸に第一歩を刻む、大陸に上陸して困ったのは飲料水の無い事であった。

暑さは暑い、喉は渇く、馬にも水を飲ませねばならない、随分遠くまで水を汲みに行ったが飲める水はなかなか見つからない。

駐屯の兵営が近くにあったので行ってみたが「水は今頃はない」とのことなので夜中まで方々を探し回ったら、線路の踏切の所に衛兵所があったので「水は無いですか」と尋ねたら「此処に砂糖水があるから飲みたまえ」とのことで有り難く頂いた。

全く甘露とはこの事であろう、実に美味しかった。

少し厚かましくはあったが、この時ばかりと思って水筒一杯貰って帰った。

「有り難う御座いました」と感謝の言葉を三~四度言ったように覚えている。

それから、全て汽車に搭載を終わったのは夜がほのぼのと明け始めた頃だった。

八時出発、行先は不明であるが一晩眠らなかったので少し体は疲れた。

汽車は貨物車で何時、敵の襲撃に会うかも知れないので武装を解くことは命令で禁じられているので暑くて全く地獄だ、軍隊では命令は絶対である。

午後からは馬の当番に行く、この車両も馬の熱い息が充満していて暑苦しいので窓を開けてしまって風を入れるが昨夜、眠ってなかったので居眠りを始めて危うく汽車から落ちそうになる。

ふらふらした状態で窓の外を眺めれば、鉄道の沿線には大きなポプラの木が並んでいて、汽車は緑のトンネルの中をひた走りに走って行く、そのポプラの間より高粱が高く伸びている様子が彼方向こうまで果てしなく続いている。

駅に着くと我ら兵隊の残飯を貰いに子供がたかって来る、食い残しの飯を出すと兵隊の所へ目の色を変えて走って行く。

中には「マメ、マメ」とまめらない日本語で南京豆を売っている子供もいる、

汽車弁当の空を捨てると走って子供が拾いに来る。

発車までの残りの一~二分まで兵隊が捨てたタバコまで拾って、五~六歳の子供が旨そうにタバコの煙を空に向かってふかしている。

中には年老いた老婆までてんそくの足をびっこ、びっこしながら鴨が地上を歩く時のような格好で残飯を貰いに来る。

かかる状況は満州旅行者から聞かされていたが、見るのは初めてだ。

日本人は子供にいたるまで恥じを知っているが、支那人は恥じということを知らない民族じゃあないかと言う気がした。

だから支那人は人の物を平然と盗んで、悠然と泥棒市場に売っている、泥棒市場そのものが怪しき存在ではないか。

品物を売るにも非常に掛け値がしてあり、小さな子供までも徹底している

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