第16話
もはや夕日は落ちていて、民家の中から皆出てきた。
暗闇は辺りを覆っていて、中隊長の声が暗闇の中を伝わってくる「目的だった城を捨てた敵はここから六里前方の砂城堡というところに集結中との情報が入ったので、夜を徹して行軍し急襲せんとする」とのことである。
さらに「お前達は真っ暗であるから連絡を切らぬよう、十分注意せよ」と「前へ」の号令で、我々は敵を一挙に殲滅すべく夜行軍は出発した。
暗闇の中に聳える西門を通り高粱畑の中を西へ、西へと月なき星空の夜を速い歩度で進んで行く。
小休止の声を聞けば大地に朽ち木の
如く倒れ、貪り寝た。
「出発」の声を聞けば昼間の疲労のみでも相当きついのに、この寝ずの行軍は、さらに一層こたえた。
武装は重いし、道は川の中か道路か知らぬが砂地で足が一足ごとに滑り困難は一方ならず。
自分は乗馬なので連絡が切れぬよう気をつける。
ある分隊は連絡が切れて他の道を行ったので小休止の時「出発準備」の声がかかってから姿を現した。
このため我々連絡兵は曹長殿からえらく叱られた。
行軍中に最後尾から先頭に行こうとして馬に乗って追い越している時、突然「衛藤」と声をかけた者がいる、光吉伍長だ。
光吉伍長は原隊にいる時には同じ班で、特に自分は可愛がってもらっていた。
出征の時は再び同じ中隊に編入されたので非常に親しくしていて、玄界灘の船の中では「骨は頼むぞ」とお互い言い交わした間柄である。
「あっ、光吉伍長ですか、夜間行軍は随分きついでしょう」と言えば「うん、きついぞお前は観測で良かったな、俺も観測なら良かったけど交代しょうじやないか」と笑って話をした。
「肩章まで交換して貰えますればね」と。
自分はまだ初年兵なので肩章が二つしか星がないのて冗談で言った。
自分は伍長が気の毒で、
軍隊でなかったら交代して、班長の背嚢を背負って歩いてあげたかった。
先頭の兵は敵と遭遇し始めた、暗夜に銃声は不気味に響いてくる、盲ら射ちの敵弾が「ビュン」と頭上を掠めて通る。
部隊は状況確認のため暫く停止したので皆「助かった」と言って路傍に横になる、寝ている方が休めるし、敵弾からも安全なのである。
「出発」の声を聞いて前進する、我々の急襲で逃げ遅れ、息を絶ったばかりの支那兵が道に点々と斃れている。
明けやすき夏の夜は、東の空が白みはじめた、目的地まで後一里弱とのことだ。
ふらり、ふらりして行軍していたが「敵近し」と聞き、歩速度は非常に速くなってきた。
我々は駆け足で前線に着いた、この辺りの道は畑よりずーと低く、狭いので前の部隊を追い越すのは混雑する原因となる。
特にこういう場合は各々その任務により各人が殺気立っているので前に行く者、止まる者で混雑することがある。
大豆畑の中に砲列を敷く、いよいよ戦闘開始だ。
自分は観測手としての任務により敵情探索をする「望楼付近に敵あり」と報告し、続けて砲撃距離や角度を報告する、砲弾は一発ごとに望楼を壊してゆく、なにしろ一個大隊の山砲で望楼や城壁を砲撃しているので砲声は山野に轟き渡り敵を圧倒する、敵は不意の襲撃を受けて慌てたことだろう。
城壁の左後方に城内より逃げて行く敵影を認め砲撃する、城壁上には早くも日章旗が風に揺れているのが見える。
我ら挺身班は乗馬して中隊より先行する、途中挺身班の他の者は遅れ、私と小隊長のみで馬を走らす。
急襲で敵は泡をくって逃げたので、逃走後の敵の城内に入る。
城内の町の所々に支那兵が武装したまま死んで横たわっていて、死の町を馬を走らせて西門を抜けて畑の中に出る。
畑から眺めれば、二千メートル向かいに幾重にも山が聳えているが山には草木は非常に少ない。
山砲の連隊本部と出会う、ここでは右翼からの友軍の進撃で向かいの山から敵が出て来るだろうと、砲列陣地は配置され待ち伏せをしている。
砲隊鏡には敵影は見えず高粱、粟、大豆畑があるのみ。
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