第17話

再び自分は小隊長の命令で中隊長を誘導するため馬を来た道へと走らす、城内で中隊長に会い中隊を先導する。

ところがこの辺りは木も無く馬の繋ぎ場所がない、自分は敵情探索があるので非常に急いでいて、やむにやまれず中隊長殿の馬と、自分の馬を大平伍長に頼んでゆき、中隊の砲列を敷いて敵が現れるのを待機する。正午頃、突然敵騎兵が右の高粱畑の彼方から一斉に走って来る

砲列の後方から敵の五~六騎に盛んに機関銃、小銃で射っている。

味方の銃弾が我々の頭上を通るので気が気でない、同士討ちにならないように大地に腹這いになる。

銃撃後、行ってみたら馬諸とも敵の騎兵中尉が炎天下の高粱畑の中に虫の息で倒れている。

軍服は血塗られて意識も無く、何か夢うつつで言っているが、どんな事を言っているのか知る由もない。

この最後の姿を見たら家族は気が狂うだろうが、敵陣で倒れては如何ともし難い。

余りにも可哀想だったので自分の水筒より最後の水をのませてやった。支那騎兵が乗っていた馬を我が分隊でも一頭捕らえていた。

この日は昼食も無く、終日焼ける大地で敵情探索をする、これは楽な仕事ではない目が痛くて涙が出る。太陽が西の山にだいぶ近づいた頃、自分の所用で伍長に頼んであった馬の所に行ったら自分の馬がいない、慌てて辺り近所を探したが影も形も無い。

小隊長に報告して城内を一巡したが見つからない、誰に尋ねても手掛かりが無い、全く泣きたくなってしまった。

馬は軍隊にとって重要なもので、自分も馬が無くては明日からの任務の遂行が出来ないのだ、日が沈まんとする頃まで探さしたが影も形も見えず。

愛する馬は今何処にいるやら、かくなる上は天助を待つのみ。

夕刻、中隊は陣地を撤収して宿舎に向かった。

自分はやむを得ず、残っていた一頭の馬に乗って宿舎に向かう。

帰る途中で鉄道線路を見る、山の中で線路を見ると何だか都会に行った時を思い出した気がする、が駅舎は我が軍の空爆で大破していた。

我々は大破した駅舎の前の広場に馬繋索を張り馬を繋ぐ。

広場前の客棟と書いてある家に、我々観測小隊は宿営する、客棟には多くの部屋があった。

庭には南京米が山と積んである、それにはアンペラが掛けてあるのみ。それに甘草の根みたいな薬草が、これも山のように積んである。

南京米は以前、楡林堡で悪臭に懲りていたので、南京米はみな悪臭があると気にも止めなかったが、他の部隊が次々と取りに来るので良質そうな南京米を、我々も取っておいた。

この南京米は敵の軍隊の食糧なのだ。

今、我々の部隊には米一粒も無いのだ、これで食糧を得た、食べてみたら臭いはそれほどでもなく旨い。

支那人から白砂糖を買ってきて味をつけて食べてみたが、砂糖は非常に高かった。

日が暮れてから大平伍長が「馬がいたぞ」と言いに来てくれた、それを聞いた時は本当に嬉しかった。

駅前の馬繋場に行って帰ってきた馬を暫く撫でてやり、馬が見つかったので、ほっとした。

本部で馬一頭が不足しているとの事だったので乗って帰った馬を返しに行った。

聞くところでは、本部の兵隊が私の馬を乗り回していたとの事だつた。

我々は此処に約一週間滞在し、人馬ともに休養した。

次の戦闘準備の為に、特に馬については鞍傷の治療が大事である。

自分はこの時、大平伍長の馬との馬の交換をさせられた。

それは出征の時に大平伍長が貰った馬が桿馬で乗りこなせず、あまり元気の無さそうな自分の馬と交換を申し込んできたので、自分はその丈夫そうな馬を見て交換におうじた。

現状では中隊のうまの殆どが背に肉塊を出している、なかには肉衣まで出ていて、その上は肉衣まで脱いで肋骨まで出ている。

馬にとっては戦とは過酷なもので肋骨まで出していても、重い砲を分解駄載され、死の直前まで働かされるのだ。

これまでに幾頭も倒れ、かかる馬ばかりでは戦闘は困難なので、支那民家から各中隊に馬を十数頭づつ買い上げて補充した。

九月六日の午後に突如、出発めいれいは下る。

二時出発、夕刻には新堡安なる町に到着した、今日は三里余りの行軍で楽であったが、馬の手入れが終る頃には真っ暗になっていた。

宿営のため民家に入る、民家には住人がいたので半分を借りる。

家の中では女、子供が一室にかたまって震えているので、我々は知っている十ばかりの支那語で身振り、手振りで「君らの生命、財産、並びに貞操は日本軍人は決して脅かさない」と説明する。

女、こどもは解った様な、解らない様な顔をしているので、数回繰り返すうちに「明白」と言い安堵の面持ちになった。

我々は狭い家を半分ほど借りたので、土間の辺りなどに寝転ぶ。

夜中に南京虫の襲撃にあって安眠できないので、仕方なく馬繋場に行って鞍を枕に、外套を被って眠る。

こんな夜は故郷の人達が安らかに眠っている姿が目に浮かんでくる。

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