第10話
昼食は残りの乾麺包を食べたが、水が無くて食えない。
中腹で歩兵が濾水をしていると聞いたので、下りていってみると泥水を濾過していたので、久しぶりに綺麗な水を腹一杯飲み水筒にも満たして帰る。
午後から陣地を撤収して下山し、我々、挺身班は中隊長に連れられて中隊より先行する。
昨夜、一夜の宿を取った部落を右に見ながら山の中を行く、途中で幾組もの負傷兵を運ぶ担架に出会う。
その中には胸部貫通とみえて胸を開いた軍服には黒くなった血が滲み、白い包帯も真っ赤になってしまっている。
顔には手拭いが覆ってあるが、そこから覗く顔の部分に置いた手も真っ赤になっていて、顔色は血の気を失せているが微かに呼吸している、肩の中尉の肩章が痛々しかった。
我々、挺身班はある畑の所に馬を繋ぎ、再び急勾配の山道を登り始めたが足が重くて足が上がらない。
昼飯らしきものを食べてないので身体のきついこと話にならない、まるで千斤の重みを足に付けたようで、這うようにして山頂に着いて砲兵中隊の陣地を決めた。
山道が急傾斜で山砲を分解して搬送するのも困難なので、近くにいた連隊本部に行って鶴嘴を借りて急傾斜の坂道に道を造るが、昼食らしきものを食べてないので振り上げる鶴嘴の重いこと、重いこと、夕方までに苦心してやっと道が出来上がった。
身体はへとへとになり、しばし腰を下ろして登ってきた山道を眺めていると、下の方から湯気の立っている親指大の馬鈴薯の入った籠を持ってきて、幕舎の中にいる連隊長の所に入って行った。
それを見て馬鈴薯が珍味に思えて、よだれががでてしまった。
しだいに辺りは暗くなってきたので我々は下山し、麓から馬に乗って帰るが途中で日が暮れてしまった。
我が中隊は何処にいるのであろうかと探し回っていたら河原で露営しているのが解り、中隊と合流する。
近所には玉蜀黍が多くあるとのことなので重い足で馬を引っ張って行き、玉蜀黍を馬に与える。
我々は火を焚いて実を焼いて食べた、旨いが玉蜀黍ばかり食えるものではない。
朝と晩は玉蜀黍、昼は乾麺包でろくな食事をしてないので、きつい行軍で身体が少し馬鹿になったような疲労を感じる。
その夜は平坦な場所に馬の毛布を敷いて横になり、夜空を眺めれば星は金砂の如く瞬いている。
徴発した驢馬が悲しげな声で「キュ、キュ、キュ」と鳴いている、嫌な声だが昼の疲れが出て何時のまにか深い眠りに落ちた。
ふと周囲の声で目覚めれば、馬が放馬したとのことである、何しろ石河原で馬を繋ぐことが出来ないため、鞍を並べて馬を繋いだのが原因で放馬してしまったのだ。
眠たい上に、重い足取りで馬を捜し出して繋ぐが、一頭だけ入部上等兵の馬がいないので、再度皆で捜すが見つからず我々は疲れて動けぬので、早朝から捜すことにする。
眠さと疲れで、そのまま星を仰いで眠る。
眠たいけど早朝から起きて馬捜しをするが、入部上等兵の馬はついに見つからなかった。
出発準備をして、今朝も玉蜀黍を食う、腹の下痢は良くなりそうにない。
昨日、準備した山頂の陣地に至るが
砲隊鏡で敵を探すけれど敵影は見えず、山頂には次第に霧がかかり遠くは見えなくなる。
敵の迫撃砲弾が三発、だいふ離れた所に落ちたが被害は無し。
此処は山頂で食無く、水無く、タバコも無い所である。
戦友の中島がタバコを二~三日吸ってなくて言うには「人がタバコを吸っているのを見ると、打ち殺してでもタバコを取り上げて吸いたい」と悲鳴を上げていた。
昼になっても昼飯は無しだ、誰かが持っていた乾麺包を皆で分けて食べたが、飯らしいものを食べてないので舌が割れていて咽を通らない。
乾麺包は間食で食べる時は良いが、続けて飯代わりに食べれば舌が荒れてとうてい食べれるものでない。
折から霧雨が降り始めたので、我々は持っている携帯天幕を拡げて霧雨を天幕で受けた。
じっと暫く待っていたが、なかなか溜まるものではない。
半時間ほど経ったら露ほどの大きさの水滴が天幕に点々と溜まってくる。
その水滴を掬い集めるとだいぶ集まる、サイダー瓶一本ぐらい集まったので、皆んなで盃一杯づつくらい飲んで渇きをしのぐ、哀れな話だ。
誰であったか、最後の一本のタバコだと言ってタバコを差し出した者がいた。
一本のタバコを鉛筆で十等分に区切って、十人が一区切りづつ吸っていて、皆は実に美味そうにタバコをすっていた。
その光景を見た中隊長が「もう誰もタバコは無くなってきたね、俺の最後のを出してやろう」と言って、ケースに入っていたタバコを十本ばかり取り出して、皆に一本づつ配った。
皆の喜びようは表現が出来ない、一服吸ってはタバコを眺め、一服吸ってはタバコを眺めて「此から先は何時吸えるか解らぬぞ」と言っては、美味そうにタバコを吸っていた。
午後には霧が時折晴れるが、晴れ間に敵を探せど敵は見えず。
遥か後方の山の頂きにはギザ、ギザになった万里の長城の一端が見えるではないか、万里の長城の近くに来たと思うと何とも言えぬ喜びが胸に込み上げてきた。
通訳の話では長城の向こうには井戸があるとのことだ、万里の長城を越えたら水が飲める、そんな喜びもあったろうが、秦の始皇帝が築いた築いた歴史に名高い万里の長城が見えるという喜びは大きかった。
皆に自分の砲隊鏡を覗かせて万里の長城を見せた「あれが万里の長城か」と皆は感慨深く長城を見ていた。
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