第13話
夕暮れも迫った頃、敵がいた部落は我が軍に占領され、一名の捕虜を捕まえて来ていた。
捕虜は正規兵の服を着ていて年の頃は二十歳を少し過ぎて間もない若者であろう、旅団長のもとに連れてゆかれ通訳によって尋問されていて、捕虜は盛んに涙を流して命乞いをしている。
尋問後、捕虜を足や銃で打っているのを見て、私は弾は尽き、如何に傷ついても銃剣一本になっても最後まで戦って死なねばならぬと、死すとも捕虜にはなるまいと思った。
日が暮れて我々は白河原に戻り露営した。
周囲に水は一滴も無いので馬には玉蜀黍を与えて、我々は疲れていたので、歌の文句の如く背嚢を枕に星を仰いで前後不覚に眠ってしまった。
この夜は二時から三時まで馬繋場の当番を命じられて、任務が終われば微睡む暇も無く出発だ。
時は午前四時で辺りは真っ暗だ、暗やみの中を手探りで馬に鞍を置き、体に装具を付け、馬には玉蜀黍を食べさせ、我々はその実を焼いて、若干食べて出発する。
万里の長城の夜はほのぼのと明けてきて、昨日占領した部落に着き我々は旅団行軍に入るため待機していた。
そこには泥水の池があったので人も、馬も泥水を腹にも水筒にもいっぱい満たした。
ところが一等兵が洗面器になみなみと綺麗な水を持ってきて台の上に置いた。
その水を見た者は、飲みたいなと誰もが思ったに違いない、ところが少尉殿が出てきて顔を洗った時には皆が驚きの目を見張った、数日来我々は顔など洗ったことはないのだ。
顔を洗った後の水でも飲みたかったが、次々と他の者が顔を洗っていた。
この光景を見て苦笑してしまった。旅団行軍で出発、行軍と途中にはまだ青い葡萄があった、皆は珍しがって酸っぱいのを顔をしかめてたべている。
遠望には小さな森がいっぱいある大きな盆地が見えてきた、暫く山の中の行軍が続いていたので、平野が見えると皆喜んでいる。
敵の存在を確認するため、我々が先行観測すれば我々から三~四キロメートルの距離の平野の中に陣地を構築中の敵兵を発見、中隊が到着しだい砲撃し、敵が逃げたので再び前進し平野へと向かう。
このまま前進すれば、中隊長の話では近くにある鉄道に出れるそうだ、こんな山の中に鉄道があるのだろうかと不思議に思えた。
平野には所々に葡萄畑があり、熟しきれない青い房がさがっている。
この地方にはあまり高粱畑は見えず、大豆畑が遥か向こうまで続いている。
旅団は長い長い行軍隊列で畑の中で大休止をした。
我々は昨夕に乾麺包の補充を一個づつ貰っていたので、それを出して食べたが舌が荒れていて食べられない。
馬は畑の大豆を気違いみたいに食い荒らしている。
自分は馬の自由に任せて手綱を放し、しばし休まんと中島と並んで大豆畑の中に寝転んだ。
青空から焼け付くような夏の太陽の光線が、大豆の葉の間から差し込んでくる。
疲労でぐったりとなり目をつぶっていると「敵襲」の声でまガバッと跳ね起きてみたが、何が起こったか見当がつかず「機関銃、前へ」と誰かが叫んでいる。
大変だと思ったので中島と二人で敵襲の中、一緒に飛び出して悠々と大豆の葉を食べている私の馬と、少隊長の馬を引っ張ってきた。
皆が指差す方向を見れば、我々の行軍している方向の右側方向に大豆畑を貫いている白い道路がある。
その白い道路を支那馬に乗った七~八騎の支那騎兵が、こちらに向かって白埃を蹴立てて走って来るではないか。
僅か七~八騎をもって此の大部隊に向かって襲って来るのか、多分我々を支那兵と間違えて連絡に来ていたのだろう。
機関銃手は昼飯を食べていたが、慌てて機関銃を取り銃弾を装填し、照準をあわせて引き金を引く。
銃からは「ダ、ダ、ダ、ダ」と弾を発する音がし白煙が火と共に出る、銃手の背は弾の出る度に反動で揺れている。
支那騎兵の騎手は馬を反転させようとして焦っている。
我々の長い従隊の兵隊が敵に気付いて一斉に射ち出した、銃弾は雨の飛沫の如く支那騎兵の周囲に落ちている、一騎がパタリと馬から落ちた。
残りは漸く反転して、再び白埃を蹴立てて逃げて行く。
騎手を失った馬は銃弾に驚き行くべき方向を失って、我らの方に走って来たが、惜しくも手中にいったと思った敵の馬は天晴れにもにげてしまった。
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