第14話

我々は再び出発、相変わらずの炎天下の中を行軍し始めたら尖兵より報告がきて「前方の部落に敵がいます」と、行軍は停止し観測班は小高い場所から敵情観察をする。

我が軍の急襲を知った敵は部落の先端の入口の所を出たり、入ったりしているのが眼鏡で見える。

右に、左に三十名、五十名と移動するのが見える、服装は真っ黒で背中には笠まで背負っている。

我が山砲は砲列を敷き終わった、私の観測の報告により中隊長の号令は下され、砲弾は唸りを立てて敵陣を爆破する。

歩兵は敵陣地に向かって前進し、歩兵が突入するや、我々挺身班は中隊長と共に馬に乗って出発し、大豆畑の中を馬を走らせる。

途中で気付いて見れば鞍尾に取り付けてある外套、天幕、膝覆いが落ちている。

しまったと思ったが、どうしょもない中隊長に其の旨を言って一目散に引き返した。

遠からずして見つかったので降りて急いで装着し、再び馬に股がり足跡を唯一の頼りとして中隊長の後を追った。

我々は演習の時、装具の堅確と言うことを非常にやかましく言われていたが、この時ほど[なるほど]と痛切に感じたことはない。

大豆畑からリンゴ畑に入り、柳の大きな垣根にぶち当たってしまって出られない、再び垣根を伝って回ってみたが出られない。

諦めて来た道を引き返した。

すると其処、此処に藍色の支那軍服に血を滲ませて支那兵が数多く死んでいる。

辺りは寂として人影も無くて妖気が漂っていそうで気味が悪い。今まで敵がいた所なので何時、何処からか潜んでいる敵が襲ってくるとも限らないのだ、寸分の隙があってはならない、目と耳に全神経を集中して、この事態を如何にすべきか真剣に考えた。

が、また柳の垣根の中に入り込んで見渡しがきかぬ、迷ってしまった。

ところが向かいの木陰から出てきた者がいる、新聞記者だと一目見て解った、相手はほっとした様子だったが、私もほっとした。

まず私が尋ねた「先刻、此の辺りを五~六騎の乗馬が通らなかったでしょうか」「全く知らないんです、何しろ歩兵の第一線部隊の後をついて来たら、はぐれてしまって道に迷っているんですが」との答え。

今、私も同僚を見失って困っている旨を話し、一緒に友軍を探すことにしたが、耳をすませど聞こえてくるのは柳の木の青葉に鳴るそよ風の音のみ。

お互い、たいした武器は持たないけれど二人でいることは心強かった。

これとおぼしき方向に話しつつ歩き出した、リンゴ畑に出たのでリンゴを馬の上から取って食べ、鞍嚢の中にも五~六個放り込んでおいた。

少し歩いて行っては耳をすまし、耳をすましては歩いて行った。

私は記者に同情して「こんな所まで来て随分と困ることも多いいでしょう、第一食糧も無く、水も無く、道も無い山の中に一人できて」と言ったら「本社からは万里の長城戦に入るのは命じて来なかったが、ついて来ていたら引き返しがつかずに、とうとう来てしまったのですよ」と笑って言った。耳をすますと遠方から人声らしい声が聞こえてくる、しめたと思った。

声を頼りに二人で進んだ、次第に声は大きくなってくる、人影も見えてきた。

見れば私の中隊の戦砲分隊だ、二人で一緒に部落に入り、通り抜けて部落の先端の土手の所に中隊長がいて、私が来るのを待っておられた。私は馬から飛び下りるなり、近くの木に馬を繋いで遅れた旨を説明しその後、砲隊鏡を据えて敵情を探索する。

前方は広々とした畑だが、千五百メートルぐらい前方には大きな城壁が木々の上に聳えている。

よく見れば敵は城壁の上からこちらに向かってチエッコ(機関銃)で盛んに射っている。

そんな中で友軍歩兵はどんどん畑の中を伏しては走り、走っては伏して前進している。

観測結果を中隊長に伝えると、すぐに中隊長の号令で砲撃を開始する。

砲弾は一発、一発が敵陣に命中し炸裂する、爽快な光景だ。

旅団長閣下と連隊長も私のそばに来ておられ、敵情報告をきかれ眼鏡を手にして見ておられた。

敵の小銃弾が「ヒューン、ヒューン、ヒューン」と飛んで来る、飛んで来る、何しろ敵に暴露して砲列を敷いているのだ。

気がついて後ろを見たら、先刻一緒に迷子になっていた新聞記者が十六ミリの映写機をこっちに向けて撮影している。

敵弾下に戦場の前線とも通信手によって電話は引かれ連絡は取れてきた。

前線からの要求により城壁の中央にある楼門や、左端の機関銃、その右にいる城壁上の敵兵を砲撃する。

「ヒュル、ヒュル、ヒュル」と頭上を唸りを上げて通る砲弾がある、砲列の後方に「ドカン」と敵の迫撃砲弾が落ちた、続けて五~六発落ちてきた。

城壁のずっと右の方に敵の密集部隊が移動するのが眼鏡で見えた、直ちに砲撃をする。

敵は血迷ったのか、こちらに向かって進んで来ていたが、砲撃にあった大部分の敵兵は高粱畑の中にすがたを消してゆく。

暫くしてから再び五~六名の敵兵が、こちらに向かって悠々と来ている、私は前にいる歩兵に敵兵を指差して教えたが、容易に見つからぬらしい。

敵兵がこちらに向かって来ているので面白半分で皆で騒ぎだした、この光景を見て中隊長もわらわれていた。

こちらから四~五名が射ち出した、土煙を上げて敵兵の周囲に銃弾が落ちている、敵は驚いて立ち止まったが一~二名が倒れた。

我々を友軍と思っていたらしい、慌てて走って引き返しだした、倒れた敵兵は畑を這って逃げ始めたので、こっちに来ていた敵兵を射つのは取り止めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る