第19話

出発、此れからはやっと山間を抜けて下り坂だ、広い広い平野が眼下に見渡す限り横たわっている。

畑の中を真っ直ぐに通っている道路を行軍、行けども、行けども高粱畑だ。

日中は炎天下の下で行軍、水は無く馬が可哀想でならない。

行軍中、前衛の歩兵が西瓜五~六個を網袋に入れて、我々本隊の前を前衛から遅れて歩いている者がいる。

足には豆が出来ているのだろう、びっこを引いている「一つくれ」と言っても、小さいながら網袋の中の五~六個の西瓜を決して出そうとしない。

彼は炎天下の中でのこのご馳走を戦友と分かつため網袋に入れて持っているのだ。

水が欲しい我々は、それを察しているので煙草一個と、西瓜一個の交換を申し込んで交換した。

一個の西瓜を皆で分けて、喉が渇いていたので甘くも無いのに舌鼓をうって食べた。

午後五時頃、大城という町に着く、その夜は民家には宿営して安眠する。

翌日は休養で休む、この町には砂糖倉庫があり取ってきてしたたかに舐めた。

この日からは全くの粟飯時代となる、補給部隊との連絡が取れなくて食糧は尽きた。

粟ばかりの飯で我慢しなければならず、粟飯を炊飯しても固かったり、軟過ぎたりで良く炊けない。妻は毎食ちゃんとした御飯を炊飯してくれて全く有り難いものだと、皆今さら

有り難がっている。

中には国に帰ったら妻には小言も言わぬと誓う者もいる。

持っているだけの大枚一円五十銭を払って住民から驢馬を買い中隊での砲弾、弾薬運びに使用する、今現在中隊では馬が足りないのだ。

明けて九月十二日の午前四時、静かな帳に覆われている未明に出発する。

相変わらず高粱、粟の畑の中だ、敵影は見えず。

本日は前衛砲兵で先頭を行軍する。

おかげで西瓜畑にありつく、無理をして食えるだけ食って、持てるだけ持って行軍中も親の仇のようにくった。

 (三年後の今日、久留米の陸軍病院のベットの上で、尚その味を忘れずにいる)

夕日が平野の彼方に沈み始めた頃、ある部落に到着し宿営しょうとしたが、敵の捕虜が言うには「支那軍は今夜、二里ばかり前方の部落に終結中である」との事で、速やかに殲滅すべく直ちに出発したが敵は逃げた後だった。

夜の十一時頃、山麓の北口村なる部落に到着し宿営する。

その部落には水は無く、暗闇の中を遠い所まで水汲みに行く。

昼の疲労の上に空腹と相まって目が眩みそうだった。

明朝の準備を終わり眠りにつけば南京虫の攻撃で眠れず、外は寒し、全く戦争は辛苦の限りを尽くさねばならずらくではない。

九月十三日午前九時出発、全く山の中だ石河原の道を行軍するのだが、石河原の行軍は足が痛くて懲り懲りだ、石河原の両側には山が聳えている。

敵がこの天険から、もし攻撃してきたら我々は全滅であろう。

その石河原伝いに電話線が引っ張ってある、電柱とは名のみで一握りの太さの柱で一間そこそこの高さだ、全く何時壊されても可笑しくはない、どういうつもりだろう。

昼飯は山の中でボロボロの粟飯に、大王城で得た砂糖で食べたが塩気が無くて食べられたものじゃない、今一握りの塩さえ無いのだ。

木もない山の中、水もない石河原をひたすら遡る。

午後三時頃にある部落に着く、そこには濁水の池が有り、皆は水筒に水を補充していた。

ところが大隊本部の軍医が来て叱り飛ばして「その水は飲むな」と注意を与えているが、他に水は無いので、皆は知らぬ顔をして水を飲んでいる。

戦友の牟田一等兵は濁水の中に水筒をすまして浸けている。

軍医が「おい、そんな水を水筒に入れてはならぬ」と「はい」と返事はするけど水筒に水を入れ続けている。

軍医が再び叫んだ「俺は、お前達のためを思えばこそ止めるのだ」と言ったところ、牟田は水が一杯になった水筒を肩に掛けて「はい」と目をばちくりして言った。

皆も笑っしまって、軍医も呆れて笑わざるを得ず苦笑する。

また水の無い石河原を遡り、伊香保なる部落で天幕露営をする。

暗夜十一時頃、肌寒い強風と共に大雨になる、眠いのでそのまま微睡むのも束の間、背中の寒さで目が覚める。 

雨水が背中を流れているのだ、悪寒のごとき身震いがする、全く厳冬の寒さだ。

雨足は遠慮なく我らを虐待する、段々畑の中腹に電話をはっていた我々には何処に移動しても勝手が悪いので、明るい時に見えていた三~四丁上の空き寺へ暗いので、手探りならぬ、足探りで歩いて行く。

明るい時には眼前に見えた空き寺も、暗闇の中では非常に遠い感じがする。

その空き寺からは時おり灯りがもれている、その灯りを目指して溝に落ち、土手を這い、石垣を登って、やっと土壁の壊れた所から空き寺の中に入る。

寺の中には一杯の人間だ、誰もが寒さで震えている、家の窓、棟の木まで壊して火を焚き暖を取っている。

寒さに震えつつ、煙にむせびつつ長い夜を明かす。

人間が多すぎたので充分な暖は望め無かった。

長い夜が明けて、辺りを見れば夜中の大雨で鞍や、手綱も泥の中に埋もれ、先端が少し覗いているだけだ、

馬が放馬して端の鞍や、手綱を踏み込んでしまったのだ。

出発の命令が何時来るかも知れぬのが戦場の常なので、下の川まで行って鞍や、手綱に付いている泥を洗い落とす。

中園上等兵も涙顔で泥を落としていた。

聞くところによれば昨夜、山頂の歩哨が二名とも凍死したとの事で、昨夜の寒さは思い出してもぞっとする程だった。

馬も寒さと、疲労とが加わってか朝には二頭が死んでいたほどだ。

歩哨は敵弾ではなく凍死だとは死んでも死にきれない思いだったろう。

然し死に至るも任務を全うした行為は日本軍人として亀鑑と言うべきてあろう。

まだ九月の半ばというのに昨夜の寒さは終生忘れることは出来ないだろう。

この地帯は木は白樺のみで寒冷地帯と言うべきであろう。

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