第3話
昭和十二年八月十一日出征。
我が中隊は出征準備が終わり、午後六時に営庭に整列する。
中隊長殿は軍刀を抜かれ、どっしりした大きな馬の上から中隊全部の軍装を検査し終わると「連隊長殿に頭右」で皆が敬礼する。
雄々しく武装に固めた勇士の目は一斉に連隊長に集まる。
「馬につけ」で大砲をを馬に引かせる者、弾薬を全部馬に乗せる者、自分は包隊鏡を背負い乗馬する。
中隊長殿の「前へ進め」の号令で粛々と営庭を出て行く。
営庭は補充隊で残る者や、見送りの人々で満ちている。
その中から「衛藤しっかりやれよ」「元気で行けよ」と同年兵から呼び掛けられる声を嬉しく聞き、無言で馬上より微かにこたえる。
営門の所では喨喨とした尺八の音色に送られて目指す北支の戦線へと出発する。
営門を出るや見送りの人々の「万歳!」の声が一斉に起こる、その中を我々は新しい軍服に、水筒、鉄兜、脚絆、靴、頭から足先まで新品だ、鐙も轡も銀色に光っている。
遠からず敵弾に晒される身を悠々と馬上に乗せ、馬の蹄音も勇ましく、かかる感激は生涯に二度とは無いであろう。
行軍の途中、八十才に近いお爺さんが狂喜の如く日の丸の旗を片手に持ち、家より出てきて飛び上がり、飛び上がり「万歳!」を連呼する。
我らもこの光景には感極まった。
ところが、お婆さんが出てきて「お爺さん、みっともないじゃないか」と顔をしかめて袂を引けば、お爺さんは「何がみっともない!」と顔を真っ赤にしてお婆さんを怒鳴って再び「万歳!」を何度も唱えてくれた。
これが本当の日本人だ、戦場の露と何時消えるか解らない我らを心の底から見送ってくれた。
このように見送られ、我らは戦場で何時果てようとも思い残す事はないと思った。
道々には日の丸の旗の波、「万歳!」の声に送られて駅に着く。
初めての馬の汽車搭載を終わり、午前二時二十分、軍用列車は汽笛一声動き始めた。
午前二時
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