第26話

 総本山を下山し1泊した後、僕達はシャラム帝国に行くため、列車に乗って移動することにした。教国からシャラム帝国に続く列車に乗り、外をながめる。山の形が少しずつ小さくなり、総本山がどんどん離れていっていることがわかった。


「ジン様。シャロー王国の列車とはまた違ったおもむきがありますね」

「そうだね。景色がまるで違う。巡礼のシーズンになったらどうなるんだろう」


 列車は道沿いを走っている。今は閑散かんさんとしているが、道が巡礼者で溢れかえるシーズンはどんな景色になるのだろうと、少しだけ思ってしまった。朝に出発した列車の旅は長い道のりを経て、やがて太陽がしずむ。藤紫色ふじむらさきから橙色だいだいいろのグラデーションの空には月が2つ小さく見えた。


「ジン。次が教国終着駅だ。降りるぞ」

「わかった。シャル、準備はいいかい?」


 列車から降りて、僕は気がついた。国境線の向こう側にも駅があることを。疑問に思ったことをロンに聞いてみた。


「ロン。あそこにも駅があるのに何で線路がつながっていないの?」

「聞いた話では、関税がどうちゃらこうちゃらって言っていたな」

「なるほど」


 国境に検問所を置き、物資などに関税をかけて、お互いの国の産業を守る。シャラム帝国も教国も良い政治をしている。


「ジン。今日はホテルに泊まるだろ」

「そうだけど」

「明日、ここにある孤児院を視察しないか。オレ、ここに来るの初めてだから見てみたいんだよ」

「そうなんだ。シャル、明日孤児院に行ってもいいかな?」


「はい。いいと思います。私も孤児院というものを見てみたいので」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「シスター! 早くゴハーン!」

「はいはい、いい子だから座って待っていてね」


「シスター手伝います」

「いつもありがとうね」


 私は孤児院の責任者。シスターとして子供達の面倒をみていて、今すごく困っていることがある。それはこの孤児院をつぶしたい商人がいることだ。その商人は私たちに立ち退きを要求している。ここを潰して関所を作り、関税のマージンと通行料で利益を得ようとしているからだ。この子達のためにも、負けられない。私はこの孤児院で育ったし、思い入れも強い。


「シスター、今日も嫌がらせする、オジサン達きてたね」

「心配しなくても大丈夫。神様は見ているから、あなた達はいつも通りにしていればいい」

「うん!!」


 子供達は屈託くったくのない笑顔を見せる。どうやったら私はその笑顔を守れるのか頭を悩ませていた。すると、


バターン!


 扉が乱暴に開き、いつもここに来る男が入ってきた。


「おう、シスター。夕飯は食べたか? 食べたら出て行ってほしいんだけど」

「何度言ったらわかるのでしょうか! あなた達には、ここは渡しません!」

「ほう、そんなこと言っていいのか? もう食料届いてないだろ。ここをあきらめれば、子供らメシ食えるぜ」

「――っ!」

「それともあれか。シスターは体を使って、メシを貰うつもりかい?」


 嫌がらせはエスカレートしている。この前から私に体を使って男を慰めれば、ここも諦めてやろうかと言ってきたが信用できない。今はとにかくその場をやり過ごすしかなかった。


「あぁ、忘れてた。明日立ち退かなければ、お前らの命の保証はないぞ」

「どういうことです!」

「そのまんまの意味だ。たくさんの男達がお前たちを殺しにくる。あっ、女は強姦してからか」


 私は俯いて、歯を食いしばった。


「じゃ、今日は帰る。忠告したからな」


 泣きたい。泣きたいけれど、この子達の前ではできない。男が帰っていくと子供達から心配された。


「シスター大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。ほら、早くしないとご飯冷めちゃうわよ」

「あっ」


 小さい子達がテーブルにつく。


「神様にお祈りをしましょう」


 小さい子達の食事が終わると、今度は私と年長組の子供達が椅子に座り、祈りを捧げる。いつも通りの光景、もしかするとこれが最後になるかもしれない。最後の晩餐ばんさん――そう、思いたくはないが頭にその言葉がよぎる。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ドンドンドン

「おい、ジン! ジン起きているか!」


「まったく、今何時だよ」


 ロンが僕を起こしにきた。辺りをみると、まだ日は登っていない。

シャルの毛布を掛けなおし、仕方なくドアを開けて、ロンと話す。


「どうしたのよ」

「啓示があった。すぐに孤児院に行かないとマズイことになるらしい」

「えっ」

「悪いがタンちゃんと先に行ってくる」

「わかった」

「それとアイツも連れていく」

「アイツって?」

「エル坊だよ。この前助けた。今回のキーパーソンらしい」

「そうか。くれぐれも気をつけてね」

「あぁ」


 僕は寝ぼけまなこのままで、ロンがエントランスへ行く姿を見つめていた。

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