第30話

 ニューリーズから馬車で2日移動し、列車に乗り換える。次の目的地はシャラム帝国帝都だ。


「ジン様。私、幸せです。こんなにたくさん国を訪れることができるなんて、今まで無かったですから」

「うん。僕もこの世界に来てから、いろいろな国の雰囲気を体感できて嬉しいよ」


 6時間の列車の旅。シャルの隣に座り、列車の外を見る。しばらく列車に揺られると、突然、エメラルドグリーンの海の景色が広がった。


「うゎー。凄いね。シャル」

「ステキ……」


 この旅一番の風景に驚き、僕とシャルの興奮は冷めやらない。


「いろんな所に行ったけど、こんな色の海初めてみたわ」

「ふっ、ババ――っといけね。列車の中だ」

「何?」

「いやいや、こんな色の目をした美人に会いたいかなって」

「ふーん。まあ、いいけど」


 セーラはライムをでながら、海を眺め続ける。僕達は6時間の列車の旅を終え、ようやくシャラム帝国帝都に着いた。それから帝都にある一番良いホテルを駅員さんに聞き、ホテルへと向かう。ホテルに到着し中に入ると、何やら騒がしい。そう、大きな声でクレームを言っている人がいたのだ。


「なんで!! 名物の海産料理が用意できないんだ!!」

「い、いえ。ですから海龍が――」

「海龍がどうしたもこうしたもない! もう高級魚は残っていないのか!!」

「それは――当ホテルのお食事は鮮度を優先させていまして――」

「はぁ? ここにいるお方はマガーン連邦王国の王子。リーズモドラサン・マガーン王子だぞ! 失礼だろ!」

「しかし――」


(あーあ、ああいう風にはなりたくないね)


「アイブラック。まあいいではないか。地元独特の料理が食べられなくてもな。たくさん女達が食べられれば」


 あぶらぎった顔をして、体型も太っている男がゲスなことを言っている。きっとあれが王子なんだろう。


「ん? アイブラック。あの女子おなごを連れてこい。ちんの好みの大きなおっぱいを持っている女子おなごをな」


 アイブラックと呼ばれた男がこちらに来る。そして、シャルの前に立つと間髪入れずにシャルの腕を掴んだ。


「えっ、ちょっと、何するんですか!」

「いいから来い。喜べ、リーズモドラサン王子の寵愛を受けられるのだぞ。これ以上の光栄なことはない」


(ああ'' てめえ。シャルに何するんだ!)


「ジンちゃん。っていい?」

「もちろん」

「ウンディーネ!!」


 セーラがウンディーネに頼み、高圧洗浄水でアイブラックを吹き飛ばす。無事にシャルは解放された。


「なっ! そこのエルフ! 邪魔するな!」

「あのね。あんたみたいのが、シャルちゃんに手を出すなんて、万死ばんしに値するわ」

「ぶ、無礼者!! あのエルフを捕まえろ!!」


 王子の使いの者達がセーラを取り囲む。その近くにいるロンはモノリスを取り出していた。


「出ねぇ――。あっ、タンちゃん。緊急事態だ。すぐ来てくれ。何? アジトが快適で行きたくないだと? いいから来い! チョコレートサンデー買ってやるから」


「ふぉふぉふぉ。待たせたな」


「おう、お疲れ。タンちゃん、ババアを囲んでいるヤツらの魂を奪ってくれ。お嬢に手を出すヤツは地獄に落ちてしまえばいい」

「わかったぞよ」


 タンヤオはセーラを囲んでいる使い者達のところに行き、1人を――、


「うぅぁぁぁぁ」


 ミイラにした。それを見ていた使い者達はタンヤオの方に向き、タンヤオを警戒した。


「ふぉふぉふぉ。次は誰じゃ――ん? 来ないのか? ではわらわが行くぞよ」


 王子の使いの者達は叫びながらホテルの外へと出ていく。残ったのは王子とアイブラックだけだ。


「な、な、ち、ち、ちんはマガーン連邦王国の王子だぞ!! こっちに来るな!!」

「ん? 主、こいつは囲んでいなかったのじゃ。どうすればいいのじゃ?」

「ああ、魂を奪ってくれ」

「わかったぞよ」

「ひぃぃー」


 タンヤオは腰を抜かした王子のもとへ行く。


「お主、小汚こぎたないのう」

(すごいよね。この言葉。小をつけると汚いよりも汚く感じる)


「や、やめ――うぅぁぁぁぁ」


 タンヤオは王子に触れ、王子の叫び声がホテルの中でこだました。


「主、終わったぞよ。チョコレートサンデーを寄越こすのじゃ!」

「そうだ。タンちゃん、これ試験用のカンニングペーパーだ。欲しいか?」

「ふぉふぉふぉ。わらわは万能なのじゃ。そんなもの無くても大丈夫なのじゃ。カンニングペーパーを寄越すのじゃ!!」

(どっちなんだよ。欲しいのか欲しくないか。教えてくれ)


 僕は受付でクレーム対応していた方のところに行った。


「すみません」

「な、な、なんでしょうか」

「先ほど海龍がどうとかこうとかって言っていましたよね。何のことなのか教えてもらえませんか?」

「お、お、教えますのでどうか命だけは」

「ん?」

(そうか。タンヤオのことか)


「大丈夫ですよ。タンヤオは僕の家臣のあの男の命令に従いますから」

「えっ、本当に大丈夫なのですか?」

「そうですよ。あっ、それとお部屋は空いていますか? チェックインしたいんですけれど」

「すぐ確認いたします。少々お待ちください」


 別の受付の方に海龍のことを聞くと、帝都辺海で海龍が現れ、漁に支障をきたしているとのこと。そのため海産物が帝都では手に入らなくなったのだ。


「シャロー王国の王様なのですね。シャロー王国というのは今まで聞いたことが無いのですが」

「バリアナ公国とネマール帝国の隣にシャロー王国はあります」

「ひょっとして、戦争に勝った」

「そうです。タンヤオのおかげで戦争は終わりました」

「そうでしたか。納得いたしました」


 僕は部屋に移動し荷物を置き、海龍について話し合う為、ロンの部屋にみんなを集めた。


「海龍について、僕達はどうすればいいと思う? 僕はこの国の為に海龍を倒したいんだけど」

「ま、オレはおおむね賛成だな。これから海路でブレッサンド王国へ向かうんだろ? 海上で海龍にったらひとたまりもない」

「そのときはウンディーネに頼んでなんとかするから。タンヤオもいるし」


「ロン、セーラ。もし海龍に船上で遭ってしまったら、僕達はなんとかなるだろうけど、他の人達は命を落とすことになる」

「そうだな。まずは情報集めだろう。港へ行けば有力な情報が得られるかもしれない」


 話し合いが終わり、僕達は帝都の港へと向かった。

 港へは馬車で1時間で着き、停留所で降りて早速海龍のことについて地元の方に話を聞きにいく。


「すみません。地元の方ですか?」

「はい、そうですが、何か?」

「海龍に困っていると聞いて、海龍のことを聴きにきたんです」


 海龍という言葉を聞いた地元の方は、何やら諦めた表情で僕達に言った。


「本当、困っているのよ。命からがら帰ってきた漁師の話を聞いて、みんな漁に出なくなったし、ここがいつ襲われるのかと思うと気が気でないの」


 他の方にも話を聞いてみたが、みんな似たようなことを言っていた。ただ、1人の漁師の方の話は海龍の恐ろしさを物語っていた。


「あれはヤバいってもんじゃない。こちらを睨んできたのでビビって海に飛び込んだが、正解だったよ。あっという間に船が木っ端微塵だ。口から物凄い量の水を吐いているのを見て、漁師を辞めようかと思ったくらいだ」


 その話を聞き、海龍を倒すということが現実的ではないように思えた。なのでロンの意見を聞いてみる。


「うーん。ロン、どうしたらいいと思う?」

「それオレに聞くか? オレらは何もできないぜ。ババアの精霊なら何とかなるかもしれんが」

「タンヤオは?」

「タンちゃん、バカだからなぁ。カタカツムリと海上で戦おうとしたが、アイツ自爆したし、どのくらい海の上で戦えるのかわからん」

「そうか」

「ジン。ここは危険だと思うぞ」


 ロンとこれからどうするかを話していると、たくさんの声が聞こえてきた。


『出たー!』

『海龍だ!!』

『みんな逃げろ!!』

『ママー!』

『いいから、こっち!』


 町の人達は慌てふためいていて、僕達の位置からも海龍の姿がはっきりと見えた。


「ジン」

「どうしたの?」

「ひょっとすると上手くいくかもしれん」

「どういうこと?」

「まあ、見とけ。いくぞ、タンちゃん」


 ロンはタンヤオを引き連れて海龍のもとへ行く。そしてロン達が海龍の前にくると、海龍はロン達を睨んだ。


(やばいぞ、ロン。早く戻ってこい!)


 僕の心配など知らず、ロンは海龍に呼びかけた。


「おう。お前、困っているんだな」

「きゅぃ」

「迷子なんだろ? お母さんならあっちだ」


 ロンが西南の方角を指差すと、海龍は鳴いた。


「きゅぃきゅぃーー(おかあさーーん!)」


 海龍は西南の方角へ行き、その姿は小さくなっていった。


『おお、勇者だ!!』

『我々の英雄だ!』

『いや、救世主だ!!』


(なにやら雲行きが怪しい)


「おう、みんな!! オレはロンって言うんだ。シャロー王国の重鎮だ! ヨロシク!!」


 歓声は鳴りやまない。ロンは手厚い歓迎を受けていた。


『勇者さん!! 家に来てくれ!!』

『お前ずるいぞ。勇者さんこっちが先だ!』

『いや、みんなを広場に集めよう! 宴会だ!』

『それいい! 広場に行くぞ、みんな集まれ!!』


(あんな戦い方だったけど、いいのか? 地元の方もできたでしょ?)


 地元の人達がみんな集まる。各々、食べ物や酒を持ち寄って、宴会が始まった。


「ジンちゃん、どうする?」

「セーラ、あの中に入っていきたい?」

「無理」

「だよねぇ。シャル、ライム、ホテルに戻ろうか」


 ロンとタンヤオを置き去りにし、僕達はホテルへと戻った。


――――――――――――――――

〈おまけ〉

「くぅー! この酒うまいな」

「主、お菓子はないのか?」

「タンちゃん。お菓子が欲しいなら、アジトに戻ればいいじゃん」

「ふぉふぉふぉ。その手があったのじゃ! 行ってくるぞよ!」

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