scene39 東京駅
-眞白-
いつまでも着かなければ良いのにと思っていたけれど、とうとう東京駅の表示が目に入ってきてしまった。
電車を降りるとホームの人出は思った以上に多かった。丁度乗り換えの時間に重なったせいで、反対側のホームに着く電車に乗ろうとする人が溢れ返っている。
降りてくる人に押され、つい後ろを振り返った。再び前を見た時には人波に流され、大知くんは少し先を歩いて行ってしまっていた。呼び止めようとしたけれど、声が出ない。
そもそも普段、自分の家以外で滅多に声を発する事なんかない。どれぐらいの声量で聞こえるか分からないから躊躇してしまう。
それに、この人混みの中で芸能人の大知くんを大声で呼び止めるのは気が引けた。
どうしよう、と思いながら流されるように歩いている内に、ようやく俺がいない事に気づいた大知くんが振り向いた。立ち止まってくれたかと思ったら、しっかりと手を握られる。戸惑う暇も無かった。
大知くんは俺の手を引っ張り、人混みをかき分けるようにして先を歩いて行く。
……すごく人が多い。ざわざわしとるんかな。
人の足音とか話し声とか、混ざるとどんな感じやったやろ。もう思い出せへん……。
あまりに雑音が多過ぎてまともに音が拾えないせいで、何度も人にぶつかってしまった。
しっかり手を握って歩いているのに、大知くんの背中が遠く感じた。
改札前、人混みを抜けたところで自分から大知くんの手を離した。男同士で手を繋いでいたら人に見られそうな気がした。それが大知くんだとばれたりしたら、おかしな噂が立ってしまう。
気づいた大知くんが振り返った。俯けていた顔を上げたら、何か話しているのが分かった。けれど唇をちゃんと見ていなかったせいで、何を言っているのか分からない。
俺に伝わってないのに気づいた大知くんが、話した内容をスマホの画面に表示して見せてくれた。
『このまま仕事に行くんだ』
うん、と小さく頷いた。
「(ありがとう、楽しかった)」
大知くんも頷いてくれる。俺も、と言ってくれたのが分かった。
「(仕事頑張って)」
そこまで伝えてから、ふと思いつく。
「(電車、乗り換えるん?)」
何気なく手を動かしてしまってから、大知くんの戸惑った表情に気がついた。
……あ、分からんかったかな。
スマホで文字を打ち、大知くんに見せる。
たった一言伝えるだけで、こんなに時間がかかる。もどかしさで胸が苦しい。
大知くんが返事を打って画面を見せてくれる。
『乗り換えるよ』
すぐに返事を返した。
『なら、大知くんが電車乗るとこまで見送りたい』
離れがたい気持ちが伝わったのか、大知くんは優しい目で俺を見ると頷いてくれた。
せっかく上ってきた階段を、もう一度降りて行く。さっきの人混みはすっかり消えて、ホームの人出はまばらになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます