scene8 マフラー

―大知―

取材を受けていたビルから出て大通りに出ると、思った以上に人出が多かった。

ちらちらと、こちらを見てくる視線に気づく。全く変装して来なかった事を思い出し焦った。こういう時に限ってマスクも何も持っていない。

人目を避け、俯き気味に歩きながら細い道へ抜ける。スマホで時間を確かめると、待ち合わせの時間はとっくに過ぎてしまっていた。

眞白に連絡しないと、と考えて、自分が眞白の連絡先を全く知らない事にようやく気がついた。

「しまった、ハル……」

立ち止まり、急いで悠貴の番号を呼び出して通話ボタンを押す。

「……」

出ない。当然だ。今頃、奏多と二人で動画コメントの撮影をしているはずだった。スマホが近くにあるわけがない。

こうなったら、とにかく待ち合わせ場所まで急ぐしかなかった。

足早に近道の路地を通り抜ける。タクシーを使えばよかった気もするが、歩いて何分もかかるわけじゃないし、結構人の多い場所を指定してしまったから、人目につかないように停めてもらうのも難しい。

待ち合わせの駅前広場が見えてくる。時計台を囲むように置かれたベンチを見回すが、眞白の姿は無い。まだ来ていないのだろうか。

「あのー」

「え?」

声をかけられ、咄嗟に振り向いてしまった。若い女の子二人組が、それぞれ俺と目が合うなり歓声を上げた。

「大知くんですよね?!『star.b』の!」

「や、違……」

否定してみたところで、変装もしないで顔がもろに出ていては説得力のかけらも無い。おまけに、雑誌の撮影後だからメイクもそのままで来てしまった。

「すごーい!こんなとこで会えるなんて」

「握手してもらえませんか?」

「えっと、ごめんなさい。プライベートなので……」

しどろもどろになりながら後ずさる。ふと見ると、スマホを向けて撮影している人がいた。まずい。

「ごめんなさい!」

言うなり急いで走り出した。足の速さには自信があった。高いヒールのブーツを履いた女の子くらい振り切れる。

人が少ない所に行くと余計に追われる気がしたので、帰宅ラッシュの会社員の間をすり抜け駅のコンコースへ逃げ込んだ。待ち合わせと反対の出口へ抜け、物陰に身を隠す。

追ってくる足音は聞こえなかったので、さすがに諦めてくれたらしい。ほっとしたら、急激に疲労が足に来た。膝に手をつき、荒れた呼吸を調える。

駅のコンコースへ戻るとまた同じ事が起きそうだったので、遠回りだが駅の外を周って歩いて行く事にした。

人がいないか警戒しながら歩き出そうとしたところで、突然手の甲に何か温かい物が触れて飛び上がった。驚いておかしな声が出る。

「わあ!何……」

振り返ると、驚きに見開かれた黒目がちな瞳と目が合った。

「眞白!」

よかった、と一気に力が抜ける。

「会えないかと思った……」

呟く俺を見て首を傾げ、眞白はスマホを出すと文字を打って俺に見せた。

『大丈夫?』

「あ……うん、ごめんね。大丈夫」

答えながら、ふと疑問が浮かぶ。

「どうしてここに?」

地面を指差して聞くと、眞白は俺の真似をして地面を指差し、首を傾げた。伝わったのか、小さく頷くと文字を打って見せてくれる。

『追いかけられてるとこ見てた』

「あー、そうだったんだ」

待たせてごめんね、と謝る。眞白は微笑んで、首を横に振った。スマホに文字を打つ。

『平気やで。ハルはいつも遅れて来るし』

「あ、そうだ。ハルはまだ来れなくて」

ハル、の文字を指差すと、眞白は頷いた。

『知ってる。まだ仕事やろ』

そう打ったのを見せてくれてから、はい、と左手に持っていた物を俺に差し出してくる。

「え?缶コーヒー?」

受け取って見てみると、無糖と書かれていた。まだ温かい。さっき手の甲に触れたのはこれだったことに気づいた。

「……くれるの?」

眞白は頷き、スマホの画面を見せてきた。

『寒かったからコンビニ行っててん。あげる』

「いいの?」

聞くと、ふふ、と笑われた。

『この間、忘れて飲めへんかったやろ?』

「あ……忘れ物」

悠貴に見せられた写真を思い出して恥ずかしくなる。

「ありがとう」

ちゃんと伝わるように、口元の動きを意識しながらお礼を言う。

眞白は微笑んで頷き、行こう、と唇を動かして待ち合わせ場所の方向を指差した。

「あ、ちょっと待って」

顔を手で隠す。眞白が不思議そうな表情になったので、ええと、と顔を指差した。

「変装してくるの忘れちゃって。どうしようかな……」

すると言いたい事が分かったのか、ああ、と眞白は頷いた。

自分が巻いていた白いマフラーを外し、はい、と差し出して来る。

「え?違うよ眞白、寒いわけじゃなくて」

説明しようとしたけれど、眞白は構わず俺の首にマフラーを巻きつけた。少し背伸びして二回巻き、首の後ろで結んでくれる。すぐ目の前に小さな顔が近づいて来て、どぎまぎしてしまった。

巻き終わると、鼻元を隠すようにマフラーの位置を調整してくれる。柔軟剤の香りが鼻腔をくすぐった。どうやら顔を隠すために巻いてくれたらしいとようやく気づく。

「……ありがと」

マフラーに隠れた口でお礼を言ってから、これじゃ伝わらないことに気づいたけれど、眞白が微笑んで、おっけー、と指で丸を作って見せてきたので、俺も同じように、指で丸を作って返してみせた。

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