scene20 八つ当たり

―眞白―

病院の外へ出ると、刺す様に冷えた風が吹きつけてきた。

トートバッグの持ち手を肩にしっかり掛け直し、歩き出す。固定してもらったお陰で、足の痛みはだいぶ和らいでいた。

来る時、タクシーから地下鉄の駅が見えていた。そこを目指して歩いていると、後からついて来ていた大知くんに肩を叩かれた。足を止めて振り返る。

大知くんはスマホを出すと、文字を打って見せてきた。

『送って行くよ、タクシー乗ろう』

首を横に振り、歩き出そうとしたら腕を掴まれた。

『足痛いでしょ?』

差し出されたスマホを取り、文字を打って大知くんの手に返す。

『一人で帰る』

すると、急いで返事を打って見せてきた。

『心配だよ』

意地を張る気持ちを抑えられないまま、返事を返す。

『電車乗るだけやで』

大知くんは眉を顰めると、また文字を打ち込んで見せてきた。

『一人じゃ危ないって』

―何かが、きれた。

差し出されたスマホを受け取らず、大知くんと目を合わせる。

「(帰ってって言ったやろ)」

大知くんの表情に戸惑いが浮かぶ。構わず続けた。

「(先に帰って、ってさっきも言ったやん。何でついて来るん)」

大知くんの背後から歩いてきた人に、じろじろ見られているのが分かった。でも止められない。

「(何でそんなに俺に構うの。何が面白いん?忙しいのに無理して時間作ってまで俺と会って、一体何がしたいん?)」

ましろ、と大知くんの唇が動く。落ち着いて、とでも言いたげに伸ばされた手を振り払った。

「(大知くんといると惨めになんねん。自分が病気やって事を思い知らされる。言いたい事は上手く伝えられんし、スマホが無いと何言われとるかも分からんし)」

次第に大知くんの顔が霞んでくる。瞼が熱い。

「(ライブも行かなければ良かった。どんな曲かも分からん、聴きたくても何も聞こえん。こんな辛くなるなら最初から知らなきゃ良かった。出会わなかったら良かった、仲良くならなければ良かった!)」

大知くんは何も言わない。何かスマホに打って見せてくることもしない。ただ困った様に、俺を見ている。

頬に熱いものがこぼれてきた。

乱暴に手の甲で拭い、スマホを出してメッセージを打ち送信した。気づいた大知くんが、手にしたスマホの画面を見る。

何か言われる前に大知くんに背を向けた。逃げ出す様に早足で駅へ向かった。

地下鉄の駅へ降りる階段を駆け降りる。途中踏み外し掛けてまた足に痛みが走って転びそうになった。改札を抜け、ホームのベンチにトートバッグを落とす様にして置き、腰を下ろした。電車を待つ人の数はまばらだったけれど、じろじろ見られているのが分かる。ハンカチを出そうとしてバッグを開いたら、大知くんに返しそびれてしまった本が目に入った。

握りしめていたスマホの画面をつける。大知くんから何も返事は無く、既読の印だけがついている。

『もう連絡してこないで』

大知くんに向けて打った、冷たい一文だけが残っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る