scene19 クリニック

—眞白—

受付終了時間の少し前に駆け込んだのは、初めて来るクリニックだった。

俺を受付前のソファに座らせ、大知くんが代わりに受付の人に話をしてくれる。慣れた様子だから、もしかしたら大知くんのかかりつけなのかも知れない。

戻って来た大知くんが、俺の隣に座り問診票を手渡してくれる。ぼんやりとしながら受け取り、どこが痛いのか、いつからなのか書き込んでいると、不意に大知くんがスマホの画面を見せて来た。

『ごめん、俺が引っ張ったせいだよね』

画面を見つめたまま、ゆっくり首を横に振った。何も返事をしないで、問診票の怪我をした理由を書く欄に鉛筆を走らせた。

『人とぶつかって転んだ』

書き終え、席を立って受付の人に渡しに行く。

戻ると、大知くんが困惑した表情でスマホ画面を見せてきた。

『転んだの?』

大知くんのスマホを借り、返事を打った。

『本屋で子どもにぶつかられた。大知くんは関係ない』

突き返すように大知くんにスマホを差し出す。

大知くんが受け取って画面に視線を落としている間に、看護師さんが呼びに来た。診察に行きますね、と書いたメモを見せてくれる。

気配に気づいたのか、スマホから顔を上げた大知くんに向かって咄嗟に手が動いた。

「(先に帰って)」

「……?」

困った様に首を傾げられ、何故か猛烈に悲しくなった。

立ち上がり、看護師さんに付いて診察室へ向かった。

心の中で、歪が音を立てて大きくなっていく。


診察を受けレントゲンを撮る。ごく軽い捻挫だった。テーピングを巻いてもらい、待合室へ戻る。

大知くんはまだ受付の前で待っていた。

何か言いたそうな大知くんの隣に、少し間を空けて座る。スマホの画面を向けられた。

『大丈夫だった?』

小さく頷いただけで目を逸らす。大知くんの顔が見れない。

……大知くんは心配してくれているだけなのに。どうしてたった一言、"大丈夫"って言えないんやろ。

それはきっと、その一言を伝えるだけで大知くんとの間に、壁を感じてしまうから……。

自問自答していると、そっと肩を叩かれた。大知くんが受付を指差す。

会計に呼ばれているのだと気づいて立ち上がった。

支払いを済ませながらカウンター脇に置かれた時計を見たら、ご飯を食べるにはすっかり遅い時間になってしまっていた。

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