scene47 開場前
―眞白―
電車を降りると冷たい風が吹きつけてきた。思わずマフラーの結び目を押さえる。
最寄りの駅から直結のライブ会場には既に溢れんばかりのファンの姿があった。
何となく、人が向かう方へ流されるように歩いて行く。ふと見ると、長蛇の列が出来ていた。
グッズ売り場でもあるのかと思ったら、メンバーごとのソロカットがプリントされたフラッグが立っていた。どうやら自分の好きなメンバーの列に並び、ツーショット写真を撮っているらしい。一体どこまで伸びているのか、列の最後尾が見えないメンバーもいる。
近づいて行くと、大知くんのフラッグが見えた。
今回のライブの衣装なのか、真っ白なスパンコールが煌めくジャケットを着た大知くんが優しい笑みを浮かべている。フラッグの上部にはアルファベットで名前が表記されていた。文字の色で、大知くんのメンバーカラーが緑だと分かる。優しい大知くんによく似合う色だと思った。
……そう。優しいねん、大知くんは。俺が自分勝手な理由で八つ当たりした時だって、謝っても文句一つ言ってこなかった。
不意に、見知らぬ女の子が顔を覗き込んできた。
列を指差して何事か話しかけてくる。並んでいるのか確認されていると気づき、顔の前で手を振って違う、と伝え、急いでその場を離れた。人混みを避けて少し歩いていく。
会場近くの歩道橋に上がってみると、フラッグの前に並んでいる様子がよく見えた。欄干にもたれかかって見下ろす。
一番長く伸びているのは、やはり瞬くんの列だった。メディア露出が他のメンバーに比べて格段に多いから、人気があるのは納得できる。
次に多かったのは、大知くんの列だった。
たまたまかも知れない。さすがにグループ内の人気順まで把握していないし、時間帯によっても違うと思う。でも。
見下ろす先に伸びている列にいる女の子たちは、それぞれうちわやスローガンを手に持っている。うちわの周囲に、緑色のファーをデコレーションした物もあった。わざわざ公式グッズに手を加えたのだとわかる。
……ほんまに人気なんやね、大知くん。すごいたくさん人がおるわ。
ここにおる女の子達みんなが大知くんを好きで、大知くんに今日会えるのを楽しみに来てんねんな……。
フラッグの近くには、特設されたクリスマスツリーが立っていた。メンバーカラーのオーナメントと電飾がついていて、夜になったら点灯されるのかもしれない。そしたらきっと綺麗やろな、と思った。
もうそろそろ陽が沈む時間だった。開場時間も近づいている。
ポケットの中でスマホが震えた。
見てみると、ハルから画像が送られてきていた。
サンタクロースの頭部を小脇に抱え、真っ赤な衣装に身を包んだハルがピースをしている。
公演で着るんかな、と思いながら『楽しそうやね』と返信した。
時間を見ると、開場時間を少し過ぎていた。
それでも眼下の列は途切れそうにない。開場から開演まで結構時間があるから、今並んでいる子達は写真を撮ってから中に入る気なんだろう。時間が経つほど混雑してくるだろうから、早めに中に入った方がいいとは思う。相変わらず風も冷たく、手先がだいぶ冷えてきていた。
でも、どうしても足が動かない。
……俺は、ステージ上の大知くんを観て笑顔になれるんやろか?
大知くんに向けて、ルーズリーフに書いた事を思い出す。
"応援してくれるファンを一番大事に―……"
"アイドルとして頑張る姿を見せて―……"
"俺も応援してる―……"
……嘘ばっかり。
応援なんて、どうやって……。
立ち尽くしたまま、その場を動けなかった。
ライブ会場に、入れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます