scene37 寝顔

-大知-

やって来た電車に乗り込み、二人掛けの席に並んで座る。他の乗客に顔を見られると面倒だと思い、窓側に俺が座った。

走り出した電車の景色が流れていくのをぼんやりと見つめる。

ちょん、と腕をつつかれたので眞白の方を見た。

「(今日、仕事、行く?)」

ゆっくり唇の動きもつけてくれるので理解できた。

行くよ、と手話で返す。

そっか、と眞白の唇が動いた。

「(頑張って)」

「(ありがとう)」

少し考えてから、ごめんね、と付け足した。

眞白は一瞬きょとん、としてから、微笑んで「(大丈夫)」と返してくれた。

それきり、会話が途切れた。

窓の外へ視線を戻す。東京に着くまでにはもう少しかかりそうだったけれど、いつまでもこうして眞白と並んで電車に揺られていたかった。

左肩に何か触れる。見ると、知らない間に微睡んでいたらしく、眞白の小さい頭がもたれかかっている。

「……このまま、帰したくないな」

聞こえないと分かっていながら呟いた。

「ずっと眞白と一緒にいたい」

座席の上に落ちていた眞白の右手に、自分の左手をそっと重ねてみた。俺より、少し小さい。

「……好きだよ、眞白」

こっそり囁いてみる。小さな寝息が返ってきた。

―本当に言おうと思えば、何度でもタイミングはあったと思う。

だけど言えなかった。

困らせるんじゃないかとか。俺ばっかり、こんな気持ちで眞白を見てるんだとしたらどうしよう、とか。

いざとなると、どうしようもなく臆病な気持ちが顔を出す。

出発前の、悠貴とのやり取りを思い出した。


『―俺、眞白が好きだ』

思わずそう言った俺に、悠貴は意外にも優しい表情を見せた。

『―なら、眞白にそう伝えたって』

もう一つ教えとくわ、と手話の表現を教えてくれた。

たった一言に全ての想いを込めた、大切な言葉を。


眞白の寝顔を、そっと盗み見る。

安心し切ったような緩んだ表情を見ていたら、それだけで胸の奥が温かくなった気がした。

……ごめん、ハル。

せっかく教えてくれたけど、今日は言えそうにないや。

今回は楽しい思い出のまま、眞白の記憶に残りたい。

眞白のことを困らせたくない。

窓の外の景色は、だんだんと都会に近づいてきていた。

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