scene38 本音

―眞白―

心地よい揺れにつられて、いつの間にか眠っていたらしい。

何かに頭がもたれていたのに気づいて顔を上げると、大知くんと目が合った。

(おはよ)

苦笑気味に言われて顔が熱くなった。ごめん、と手を合わせて謝り顔を背ける。

通路を挟んで反対側の窓の外を見ると、ちょうど途中の停車駅を発車するところだったらしい。次の駅名が目に入る。

そっと肩を叩かれて大知くんの方を向いた。同じように窓の外を見ていた大知くんが指をさす。次だね、と言っているのが分かった。

「(次)」

表現してみると、唇の動きで理解したのか大知くんも真似してくれる。

覚えてくれようとしているのか何度か動きを繰り返している大知くんの腕に、そっと触れた。俺の方を見た大知くんの目の前で、人差し指を立てて倒す。両手を胸の前で上下にして二回握り、両手の人差し指を立てて近づけた。

「(…ごめん、何?)」

ぎこちない動きで聞いてくるので、もう一度繰り返した。

次、と唇の動きと共に、さっきと同じ動作をする。

「(次、うん)」

大知くんが、真似しながら頷く。

いつ、と唇を動かしながら両手を二回握る。

両方の人差し指を立て、左手の方を自分に向ける。右手の方を、そっと大知くんに向けてから、両手の人差し指をゆっくり近づけ、大知くんの目を見つめた。

しばらく困惑した様な表情を浮かべた後、大知くんはスマホを出して喋ると、画面を見せてきた。

『次、いつ会えるかってこと?』

はっきり文字にされたら一気に恥ずかしくなった。

『ごめん。何でもない、忘れて』

打って見せると、大知くんは首を横に振った。

返事を打ってくれる大知くんの手元を見つめる。

『ライブの練習とか、取材とか、スケジュールいっぱいなんだ』

大知くんは打った後、少し考えてその文を全部消してしまった。

打ち直した文を見せてくれる。

『眞白が俺に会いたいと思ってくれるならすぐ会いに行くよ。いつでも連絡ちょうだい。待ってるから』

うん、と頷く。そんな風に言ってもらえて嬉しいはずなのに、寂しい気持ちが胸を満たしていく。

……言えないよ、そんな事。

スケジュールがいっぱい詰まってて忙しくて、人気アイドルの大知くんに、気軽に会いたいなんて言えない。

思っちゃ、いけない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る