scene33 声

-大知-

撮った写真を確認する眞白を見ていて、ふと思った事を口にする。

「眞白って、手が綺麗だよね」

言いながら自分の手を触ってみせると、眞白は少し首を傾げ、スマホを持っている方の手を見た。

「白くて細いよね。指長いし」

『女の子みたい?』

さっと文字を打って見せてくる。

「女の子…うん。そうかも」

頷いたら、眞白はわざとらしく唇をとがらせた。

『明日から筋トレ頑張る』

「えー?」

『むきむきになったる』

「やだよ、そのままで良いよ」

線の細い眞白が筋骨隆々になった姿を想像したら可笑しくて笑ってしまった。眞白も、つられて笑う。

風が吹いた。浴衣の合わせ目を寄せた眞白に気づき、声をかける。

「寒い?」

眞白は自分の両肩を交互に触ってから頷いた。

「(大丈夫)」

「だいじょうぶ……そっか、うん」

眞白の方に向き直る。

「眞白。俺、ちょっと手話覚えたんだよ。見てて」

悠貴に教わった動きを思い出す。少し緊張した。

「(今日は、ありがとう。一緒に過ごせて、楽しかった)」

ゆっくりと、そう伝えた。

眞白は驚いた様に目を丸くした。

「……合ってる?」

不安になって聞くと、大丈夫、と手話で返してくれた。その後も続けて何か伝えてくれるけれど、分からなくて焦ってしまった。

「ごめん、これしか覚えれてなくて」

急いで音声アプリを起動して伝える。スマホを差し出すと、いつものように文字を打ってくれた。

『すごいやん、どこで覚えたん?』

「実は、ハルに教えてもらったんだ」

はる、と眞白の唇が動いたので頷く。

「ハルは眞白と話す時、喋りながら自然に手話も使うじゃん。俺も、ちゃんと眞白の顔見ながら話せたら良いなって思ってて」

眞白はしばらくスマホに表示されたテキストを見つめてから、俺のことを見た。

「(大丈夫。ちゃんと、伝わったよ)」

口を動かしながら、ゆっくりと手話で返してくれた。

「よかったあ」

安堵する。今日、眞白に伝えたいと思って何度も練習していた。ちゃんと伝わった事が分かって安心する。

「眞白は、今日どうだった?楽しかった?」

聞くと眞白は頷き、楽しかった、と手話で返そうとしてくれた、様に見えた。

その手が、ふと下ろされる。

「どうしたの?」

スマホを眞白に差し出すと、押し返された。俺の膝の上にスマホを置く。

画面を覆う様に載せられた手が、震えていた。

「え、何…?」

どうしたのかと思って見ていると、眞白はゆっくり二回ほど深呼吸し、意を決したように顔を上げた。

黒目がちな瞳が潤む。


「……大知、くん」


―消え入りそうな声だった。

「俺も…今日、ほんまに楽しかった。…ありがとう」

眞白が喋ったと気づくのに、数秒要した。

驚いて言葉が出てこない俺を見て、眞白の表情が不安げに曇っていく。

「ごめん、びっくりした?」

「あ、いや……うん。びっくりしちゃった。てっきり話せないんだと思ってて……あ、ごめんね、なんか。勝手にそう思ってた」

慌ててたくさん喋ってしまい、眞白が困ったように首を傾げた。そっとスマホを差し出されて我に返る。

話せないと思ってた、と打って眞白に見せた。読んだ眞白の眉尻が下がる。

「話せないわけじゃないねん。ハルとは普段、声出して会話しとるし。自分の声の大きさが分からんから、外では話さへんけど……」

疑問が頭に浮かぶ。

「眞白、耳……聞こえてるの?」

自分の耳を指差す。

眞白は曖昧に微笑むと、頷いた。

「これぐらい静かやったら、少しは分かるよ」

何て言ったらええかな、と呟きながら、視線を落とす。

「テレビのボリュームあるやんか。それを、音量1にして聞いとる感じ……」

自分でそう言っておいて、眞白は悲しげに首を横に振った。

「……嘘や、そこまではっきり聞こえとらん」

「会話するの、大変?」

スマホに向かって喋り、画面を見せる。頷いた。

「うん…でも」

「うん」

「俺も…大知くんと、顔見てちゃんと話してみたかった」

今にも溢れて落ちてきそうに、眞白の目が潤む。

「眞白……」

「……っ、ごめん」

眞白は慌てて俯き、誤魔化すように笑った。

スマホを手に取り、いつものように文字を打つ。

『これくらいでやめとくわ』

「うん、分かった。……ありがとう」

そっと、半纏を着た背中をさする。

「眞白の声、聞けて良かった」

スマホに表示されたのを見て、返事を打ってくれる。

『変じゃなかった?』

「ううん、そんな事ないよ。優しい声。……あ、でも思ってたよりは低かった」

正直に言うと、苦笑を返された。

『もっと可愛い声想像しとった?』

「や、そういうわけじゃないけどさ。関西弁もなんか、柔らかい話し方するんだね。ハルと、ちょっとイントネーションが違う気がする」

『ハルは早口やからな』

笑った後、眞白の表情がふと真顔に戻った。

ゆっくりと文字を打つ、細い指先を見つめる。

『もう自分の声、忘れちゃった』

「……」

『声の大きさも、イントネーションも、合ってるのか分からんし』

「大丈夫だよ、変じゃない」

眞白の肩にそっと手を置く。

「もっと話して良いよ。眞白の声聞きたいから」

華奢な肩が、震えた気がした。

「……俺、も」

「ん?」

「……っ」

ずっと潤んでいた眞白の目が、ほんのりと赤みを帯びた。

みるみる内に盛り上がった透明な雫が、堪える間も無く白い頬にこぼれ落ちていく。

「大知くんの声が、聞きたい……っ」

嗚咽をこらえる様に口元を抑えて俯いた細い身体を、堪らず抱き締めた。

機械を着けた耳元に、精一杯唇を寄せる。

「……眞白」

小さな頭を、抱き寄せる。

「眞白、……眞白、眞白」

少しは、聞こえたのかも知れない。

しがみつくように背中に回された両腕に力が籠る。

肩に染み込む雫が、冷えた身体を熱くした。

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