scene34 距離

-大知-

どれくらい、そうしていただろう。

ようやく嗚咽がおさまり、俺の肩に顔を埋めていた眞白が体を起こした。

「ごめん、泣く、つもりじゃ……」

まだ洟を啜っている眞白の頬を流れる涙を拭ってやる。

「大丈夫……あ」

自分の肩を交互に触り、大丈夫、と手話で表現してみせる。

ふ、と眞白の表情が緩む。

「覚えたん?」

「うん。眞白よく、こうやってやるから。覚えちゃった」

大丈夫、と繰り返す。

「もう泣かないで」

目尻に残った涙を拭ってやる。

「……もう」

「ん?」

「諦めた、つもりやってん……」

「……?」

「聞こえへんのも、そのせいで、上手く話せんのも、全部……」

何でやろ、と独り言の様に零し、長い睫毛が伏せられる。

「大知くんとおると、自分がどんどん弱くなってく気がするねん……。どうしようもないこと、八つ当たりしたりとか、こんな、……泣いたりとか……、自分の、嫌なとこばっか見せてる……」

泣き顔を隠す様に覆う手を、そっと外した。

「……甘えてよ」

夜風で冷えた髪を撫でる。

「ちゃんと受け止めるから」

涙の跡が残る、白い頬に触れた。真っ赤に充血した目で俺を見つめる眞白を、見つめ返す。

そのまま、目を逸らせなくなった。

薄らと赤くなった目の縁と、その奥で瞳が揺れ動くのを見ていたら―不意に、鼻先がぶつかった。

「……わ、ごめん」

慌てて体を離す。

知らない間に近づき過ぎていた距離感に動揺して、今更ながら鼓動が早鐘を打ち始めた。

「そ、そろそろ戻ろっか。冷えちゃうよね」

急いで湯の中から足を出した。持ってきたタオルで濡れた足を拭く。

見ると、眞白は固まったまま立ちあがろうとしない。

眞白、と一応呼んでからそっと肩を叩いた。びく、と華奢な肩が上がるのを見て手を引っ込める。

俺の方を向いた眞白の顔が、首筋までどんどん真っ赤に染まっていった。

「……ごめん」

何に謝っているのか自分でもよく分からないまま謝罪を口にする。

「えっと、立てる?」

躊躇いながら手を差し出すと、いい、と言うふうに手を振られた。

立ち上がった眞白にタオルを差し出す。

「シャワー、先に浴びてきて良いよ」

スマホに向かって喋り、画面を見せる。

頷くと、眞白はほとんど逃げる様にして部屋に戻って行ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る