scene35 体温

―眞白―

脱いだ服はきっちり畳んで片付け、明日着る分を出して置いておく。朝、顔を洗って拭く用に家から持参したタオルを出し、その上に歯ブラシも載せておく。

こんな事、明日起きてからやれば良いのに。先に全部済ませておかないと落ち着かないのは、幼い頃からの習い性なのか。―それとも。

ただ単に、何かしてないと落ち着かないからなのか。

「……っ」

せっかく治まっていた鼓動が再び暴れ出す。

ベッドの傍らにしゃがみ込み、顔を覆った。手を当ててみると頬が燃える様に熱い。

大知くんに抱き締められた感触が、体から消えなかった。

少し茶色がかった、大知くんの目を思い出す。

じっと見ていたら鼻が当たって、気づいたら息がかかるくらい顔が近づいていた。

あのまま唇が触れていても、受け入れていたかも知れない。

……どうしよう。

胸が苦しい。息がうまくできない。

俺、大知くんのこと―。

ぽん、と肩を叩かれて文字通り飛び上がった。

振り返ると、シャワーを終えて戻ってきた大知くんが心配そうに顔を覗き込んでくる。

どうしたの、と言っているのが分かって慌ててスマホを掴んだ。

『何でもない』

見せると大知くんは怪訝そうに首を傾げた。スマホを口元に近づけて喋る。

『具合悪そうだよ』

大知くんは画面を見せてくれてから、こちらに手を近づけてきた。熱があると思われたのかも知れない。咄嗟に身を引いてしまった。

中途半端なところで大知くんの手が止まり、気まずい空気が流れる。

何でもない、ともう一度打ち、理由を付け足した。

顔を背け、画面だけ大知くんに向ける。

『めっちゃ泣いたから恥ずかしい』

笑う気配がした。手からスマホをそっと抜かれる。

『寝ようよ。風邪引いちゃうよ』

スマホにそう打って返してくれると、大知くんは先にベッドの中に入った。掛け布団をめくり、ぽんぽん、と自分のすぐ隣を叩いて呼んでくれる。

今更ながら同じベッドで寝なければいけない事を思い出し、鼓動が跳ねた。

立ち上がり、ベッドに上がる。大知くんの横に人一人分空けて、精一杯端っこに寄って横になった。

大知くんが目を丸くする。

『落ちちゃうよ』

見せてきたスマホを手に取り、意地になって返事を打つ。

『そんなに寝相悪くない』

見た大知くんが吹き出した。

『そういう事言ってるんじゃないよ』

一旦見せてくれてから、また何か喋って画面をこちらに向ける。

『さっきはごめんね』

読んで、また思い出して頬が熱くなった。

恥ずかしくて堪らなかったけれど、これ以上拒んだら、意識してる、と主張してるみたいになる気がした。

もう少しだけ、大知くんの方へ寄る。

ベッドの上にある枕灯の電気を消そうとしたので、思わず大知くんの手を止めた。

急いでスマホに文字を打って見せる。

『真っ暗になるやん』

『ごめん。少しでも明るいと寝れないんだよね』

大知くんは申し訳なさそうにそう打って見せてくれてから、何か思いついたのかまた画面を見せてきた。

『もしかして、暗いの怖い?』

軽い気持ちで言ったのが分かって、悲しくなった。

大知くんの手からスマホを取る。

『聞こえんのに、電気も消されたらほんまに暗闇なんやで』

見せると、大知くんの表情が強張った。

ごめん、と唇が動く。

『そうだよね、ほんとだ。気づかなくてごめん』

見せてくれてから、大知くんはもう一度文字を打った。

『おやすみ』

それだけ見せてくれてから画面を切り、壁の方を向いて横になってしまった。枕灯が点いたままだから、上を向くと眩しくて眠れないのかも知れない。

大知くんの背中を見ていたら、段々と申し訳なくなってきた。

大知くんの枕をそっと叩き、声を出す。

「消して良いよ」

え、と大知くんが振り返る。

なんで、と唇が動くのが分かった。

「……俺のせいで、大知くんが寝不足になったら困る」

返事を確かめる前に、枕灯の明かりを消した。

部屋の中が完全な闇に包まれる。物音一つ分からない。真っ暗な箱の中に閉じ込められたような気分だった。

無理やり目を瞑ったけれど寝れそうになくて、大知くんの方へ寝返りを打った。

少し暗さに慣れてきた視界の中で目が合った。

大知くんが体をこちらに向ける。布団の中で、手に温かいものが触れた。大知くんの手だ、と思ったら、ゆっくりと、何故か四回握られた。

大知くんの口元が動く。

(お、や、す、み)

そう言った気がした。

「……おやすみ」

微笑んでくれた気がした。ゆっくりと瞼が閉じられる。

布団の中で握られたままの手が温かい。ちょっと硬くて、大きな手だった。体は細い方なのに、関節が結構太いんやな、と思っていたら、知らないうちに互いの指が絡んでいた。これじゃまるで恋人繋ぎやん、と一人で苦笑する。

―恋人、という単語を思い浮かべたら、何故だか泣きたくなった。

絡めた指に力が入る。

……言葉にしなくても、気持ちは伝わるんかな。

触れた手の温もりで、握る強さで、想いが伝わればいいのに。

言えないから、きっと。一生、言葉になんか出せないから。

すき……好き。

俺、大知くんの事が……好き――……。

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