第八話 溢れる気持ちを声に変えて

scene32 宿

―大知―

宿に着く頃には、とっぷりと日が暮れていた。

入り口の引き戸を開け、部屋に入る。暖かい色の照明が点いた部屋の奥に、ダブルベッドがあるのに気づいた眞白が足を止めた。

「あの、ごめん」

眞白の前で手を振る。はっと振り向いた眞白にスマホの画面を見せた。

「急だったからこの部屋しか空いてなくて。その……良いよね?」

俺が喋った内容を読んだ眞白は、曖昧に頷くと視線を泳がせた。

やっぱり先に言っておくべきだったかな、と考えながら、荷物をベッドの脇に置く。

「あ、ほら。眞白」

そっと肩を叩いてベッドの奥を指差す。

ガラス張りの向こう側はベランダのようになっていて、湯気が立ち昇るのが見えた。

「ここが足湯だよ」

眞白を連れてベランダに出る。番組のロケで来た時とは別の部屋だから造りは多少違うけれど、狭めの露天風呂のような場所と座るスペースがあり、小さなテーブルが置かれているのは同じだった。

眞白は傍にしゃがむと、手をそっと湯の中につけた。

「あったかい?」

嬉しそうに微笑み頷く。俺も同じように手を入れてみた。外の空気は冷たいけれど、足だけでも浸かれば体が温まりそうだ。

「どうする?先にお風呂入る?」

眞白は少し考えてから、スマホに返事を打って見せてきた。

『後で部屋のシャワー浴びる』

「分かった。あ、じゃあせっかくだし浴衣に着替えようよ」

頷いてくれたので、一旦部屋に戻って着替える事にした。


浴衣に着替え、トイレに行っている眞白は置いて先にベランダに出る。さすがに浴衣一枚では寒いので、中に長袖を着て上には半纏も羽織った。

裾をめくり、足を温泉に浸ける。長椅子に腰を下ろすと、ちょうど膝下までお湯が来た。

「あったかー……」

持ってきたタオルとスマホをテーブルに置き、外の景色を眺める。都会じゃないからイルミネーションの瞬きなどは見えない。空を見た方が綺麗なんじゃないか、と見上げてみたらオリオン座を見つけた。星座といえばそれしか知らない。冬だなあ、と思っていたら戸が開く気配がした。着替えた眞白がベランダに出てくる。

眞白は浴衣の裾を押さえながら、そっと足を湯に浸けた。

「どう?」

聞くと、うん、と頷いて笑ってくれた。こっちおいで、と少し右に寄って眞白の座る場所を空ける。

俺の左隣に座ろうとした眞白が、湯の中で滑ったのかよろけたので慌てて手を取った。

「大丈夫?」

びっくりしたのか俺の手を掴む眞白の手に力が入る。

体勢を立て直した眞白が俺の隣に座り、ようやくひと心地ついた。

知らず繋いだままになっていた手に気づいた眞白が

、急いで手を引っ込めた。何となく気まずい空気になり、用も無いのにスマホを手に取る。

「……あ、そうだ」

カメラを起動し、眞白に見せた。

「一枚も写真撮ってなかったよね」

インカメラにし、手を伸ばす。

何枚か撮り直しているうちに、自然に眞白と肩が触れていた。

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