scene27 待ち合わせ

―大知―

予定通りにラジオの収録を終え外へ出た。

待ち合わせの場所へ向かって歩きだす。スタジオの近くまで来てくれると言っていたので、もう待っているかも知れないと思うとつい早足になってしまった。

地下鉄の駅に降りる階段そばに、すらりと背の高い人影を見つけて足を止める。

いつものダッフルコートではなく、今日は黒いロングコート姿だった。俯き気味にスマホを触る横顔のラインが美しい。通りすがりの女性が、ちらちらと視線を送っているのが分かる。テレビ局が近いので芸能人だと思われてるのかも知れない。

スマホを出してトーク画面を開いた。

『まーしろっ』

一言だけ送って様子を伺う。見ているとすぐに既読がついた。

画面に視線を落としていた眞白が顔を上げ、きょろきょろと周囲を見渡す。目が合い、ようやく俺に気がついた。手を振りながら嬉しそうに近づいて来る。くしゃくしゃの笑顔が何だかくすぐったい。

眞白は俺の前で足を止めるとスマホを操作し始めた。その様子を見ていたら、手の中で自分のスマホが震えたので画面を見る。メッセージが届いていた。

『お疲れ様!』

「あ、ありがと」

さっき動画を見て覚えた手話を使ってみると、眞白はちょっと驚いた顔をした。

「寒くなかった?」

手を擦り合わせながら聞くと、眞白は、ううん、と首を横に振ってから、何か思い出した様にポケットに手を入れた。取り出したものを、はい、と渡してくれる。

「あ、カイロ?」

手に取ると、ずっとポケットに入っていたのか随分と熱くなっている。

『あげる。寒いんやろ?』

そう打って見せてくるので笑ってしまった。

「そうじゃないよ」

はい、と眞白の手に返す。触れたところが冷たかった。

「やっぱり。めちゃ冷えてるじゃん、ほら」

眞白の両手にカイロを握らせ、上から包み込む様に自分の手を添える。

「!」

ぱっ、と手を引っ込められてしまった。

「あ、ごめ……」

行き場をなくした手が宙ぶらりんになる。

眞白は慌てた様子でスマホに文字を打って見せてきた。

『行きたいとこがあんねん』

「ああ、うん。どこ行くの?」

聞き返し、何かサイトを探しているのか俯いて画面を操作する眞白を見つめる。

……眞白の耳たぶが赤いのは寒いせいなのか、それとも……。

しばらくすると、お目当てのサイトを見つけたのか画面を向けてきたので覗き込む。

「ああ、ここね。いいよ行こ」

おっけー、と丸を作ってみせると、眞白は嬉しそうに笑って頷いてくれた。電車乗ろ、と地下へ降りる階段を指差す。

ホームまで降りて行き、電車を待つ列に並ぶ。平日の昼下がりだからか混雑はしていないものの、まばらに人の姿はあった。見ている方は無意識なのだろうが、通りすがりにやたらと視線を感じる。

たぶん、俺に気づいているわけじゃない。視線を集めているのは、俺の隣に立つ眞白の方だ。

そこらの芸能人にも引けを取らない美貌もさることながら、人々の興味をひいているのは恐らく―。

何気なく眞白の右側へ移動する。眞白もそれなりに身長はあるけれど、俺の方が少し高い。

気づいた眞白が俺を見た。

「何でもないよ」

小声で言ってから、これじゃ伝わらない事に気づいて顔の前で手を振ってみた。

眞白は少し首を傾げてから、理由を察したらしい。右耳に付けていた機械を外すとコートのポケットに入れてしまった。

急いでスマホを出し、文字を打つ。

『取っちゃっていいの』

眞白は、さっと俺のスマホを手に取ると早打ちして返してきた。

『どうせ何も聞こえとらんから』

読んだ俺の表情が固まったのに気づいたのか、眞白は慌てて、もう一度俺の手からスマホを取ると付け加えて見せてきた。

『大知くんが一緒におるから大丈夫』

見せてから恥ずかしくなったのか、眞白はちょっと顔を赤くして、目を逸らしてしまった。

俺も何だか照れてしまい、意味もなく鼻の先をつまんで擦ってみた。

仲直りしてから、眞白との距離感がちょっと分からなくなってしまった気がした。

前より近くなったと、思ってもいいんだろうか。

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