第七話 二人で重ねる思い出

scene26 ラジオ収録前

―大知―

スマホの画面じゃ小さすぎるな、と思いながら、もう一度動画を最初から再生する。何度繰り返しても細かい動きがよく分からない。

「何してんの?」

背後から、碧生が画面を覗き込んでくる。

「手話?何で急にまた」

「ちょっとねー」

適当に返事をしながら、一生懸命動きをまねる。呆れた様なため息が降ってきた。

「余裕だね、これから俺とラジオの収録だってのに。台本読まずに動画閲覧」

「台本なら昨日ちゃんと読んだよ」

「じゃあ中身はばっちり頭に入ってるわけだ」

苦笑を返す。碧生の皮肉っぽい口調はいつもの事なので特に気にしない。

「そんなプレッシャーかけないでよ。いざとなったら"あおたん"が何とかしてくれるんでしょ?」

「"あおたん"て呼ぶな」

「嫌な顔しちゃダメじゃんー、せっかくファンがそう呼んでくれるのに」

「大知くんにそんな呼ばれ方されたら鳥肌立つんですけど」

碧生はペットボトルの水を飲みながら、パイプ椅子を引いて俺の隣に座った。

「ていうか、手話なら悠貴に教われば良いのに。あいつ、あれだろ。福祉なんとか学部じゃなかったっけ」

「福祉貢献学部ね」

「あー、それ。確か、耳が不自由な幼なじみがいるんじゃなかった?」

眞白の顔が思い浮かぶ。たったそれだけで自分の頬が緩むのが分かった。

「そうそう。その子と、俺も仲良いんだ」

「それで手話の練習?」

「まあ、うん。そんなすぐ覚えられるとは思ってないけどね。できる様になったら良いなって」

「はあ」

碧生の表情がちょっと意外そうになる。

「俺、大知くんがそんな生き生きした表情してんの、初めて見た気がする」

「ひどいなあ。この間、奏多には落ち込んでるとこ初めて見たとか言われるし。みんな俺を何だと思ってんの」

「おっとりマイペース。超のんびり屋。ステージの上でだけカリスマ、ギャップの鬼」

苦笑いを返す。

「褒められてんのか貶されてんのか分かんないなー」

「褒めてるよ。てゆうか落ち込んでたの?」

少しだけ碧生の口調が気遣わしげになる。

「ちょっとね。でももう大丈夫だよ、仲直りしたから」

「は、誰かと喧嘩してたの?」

「ううん、違うよ。ちょっとしたすれ違い」

その言い方が引っかかったのか、仔犬みたいな丸い目が見開かれる。

「え、まさか付き合ってる相手がいるとかじゃないよね」

「違うよ。…まだ」

「はあ?何、まだって」

スマホの画面を切る。そろそろ収録が始まる時間だ。

「これ終わったら会う約束してるんだ」

「まじかよ。夜から練習あるのに、さぼる気?」

「まさか。それまでには戻るよ」

今の時間はちょうど、正午を回ったところだ。

「碧生はこの後、奏多とボイトレだっけ」

「はいはい、そうですよ。俺は真面目に仕事に取り組んでますから」

「トゲがあるなあ」

「どうぞ、デート楽しんでください」

「うん、そうするね」

にやける俺に、碧生の呆れた様な冷たい視線が注がれる。

たとえスケジュールが詰まってても、ほんの短い時間だけでも眞白に会えるなら、どこまでだって飛んで行けそうだった。

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