scene28 アップルパイ

-大知-

ウォルナット材の家具で揃えられた店内は、客が多い割に落ち着いた雰囲気だった。

粉砂糖がたっぷりかかったパイ生地にフォークを刺す。中から飴色のりんごが、ごろりとこぼれ落ちてきた。上手く掬ってパイ生地部分と一緒に口に入れる。

「美味しいね」

向かいの席で同じようにアップルパイを頬張る眞白に声をかける。話しかけられたのに気づいた眞白は急いでスマホのアプリを起動させた。

「あ、ごめんごめん。俺もそのアプリ入れた方がいいよね」

はい、と眞白がスマホを俺の方に向けて置く。美味しいね、ともう一度言うと、テキストが画面に出た。

それを確認している眞白の顔を見たら笑ってしまった。眞白が首を傾げる。

「眞白……」

ちょんちょん、と自分の口の端を指でつついてみせる。

「?」

つられるように口元を触った眞白の手に、パイ生地の欠片がついた。

「!」

「あはは、可愛い」

真っ赤になって口元を覆った眞白に紙ナプキンを渡してやる。

口を拭きながら、眞白がちょっと拗ねたようにスマホを突き出してくる。

『早く言ってよ』

「だから教えたじゃんー」

笑いながらスマホを返す。

再びフォークを手に取って食べ始めた眞白を見ていたら、急いで口元を隠されてしまった。

「美味しい?」

聞くと、頷きが返ってくる。

「ずっと食べたかったの?これ」

アップルパイを指差す。眞白はフォークを置くと、スマホを手に取った。

『前に大知くんがテレビで食べてたやろ。気になっててん』

「あ。見てくれてたんだ」

新曲のプロモーションで昼の情報番組にゲスト出演した時のことを思い出す。その時にスタジオで食べてたのがここのアップルパイだったのだが、まさか眞白がそれを見ていたとは思わなかった。まだ眞白と知り合う前だったはずなのに。

『大知くん、食レポ上手やったね』

「いや、何もうまく言えなかったけど。テンパっちゃって……」

『めっちゃ美味しそうに食べとったで』

「ええ?そう?」

大物司会者に話を振られて焦っていて、正直パイの味なんて全く覚えていなかった。

『何言っとるか分からんかったけど、表情だけで全部伝わった。食べてみたいなって思ったもん』

「えへへ、そっか。良かった」

あんまり褒めてくれるので照れ笑いしてしまう。

すると、笑った俺を見て勘違いしたのか急いで口元を触る眞白を見て吹き出してしまった。

「もうついてないって」

『笑ったやん!』

「違うってば」

ひとしきり笑い、一緒に頼んでいたコーヒーを口に運ぶ。

「それにしても、ちゃんと見てくれてるんだね」

言いながら、理由に思い当たる。

「……あ、ハルが出てるからか」

小声で呟く。アプリにその声が拾われる前に眞白が返事を打って見せてきた。

『ちゃんとチェックしとるよ。こないだも出てたやろ?温泉でロケしとった』

「あー、露天風呂の足湯ね」

東京近郊の温泉宿の紹介で、部屋に露天風呂のような足湯がついている所に行ってロケをしていた。それも見ていたらしい。

「いいところだったよ、景色も良くて。足湯も気持ち良かった」

『いいなあ、俺も行ってみたい』

「行く?」

思わず聞いた。

スマホを見るまでもなく俺の口の動きで分かったのか、え、と眞白の目が見開かれる。

「一緒に行こうよ」

スマホで俺の言った事を確認した眞白の表情に戸惑いが浮かぶ。

『大知くん、仕事忙しいやんか』

「ううん、大丈夫。ちょっと待って」

自分のスマホを出して予定を確かめる。カレンダーを出して眞白に見せた。

「ここ、どう?」

日付を確かめた眞白が、こくりと頷く。

「よし。じゃあ決まりね」

おっけー、と丸を作ってみせる。眞白はちょっと困った顔をしていたけど、しばらくすると嬉しそうに笑ってくれた。

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