scene29 牽制

-大知-

「……うん、だいぶ上手くなったんちゃう」

悠貴が満足そうに頷く。

全体練習が終わった後、悠貴と二人でレッスン室に残り手話を教わっていた。

「さすが大知くん、覚えるの早いわ」

「そうかな。すぐこんがらがっちゃう」

「確かに、普段から使ってないとなー」

「うん、そうだよね」

そろそろ帰ろうか、と荷物をまとめた。

上着を羽織り、レッスン着の入った鞄を手に持ち電気を消す。

「すっかり遅くなっちゃった。ごめんね」

「俺はええよ。大知くんこそ大丈夫なん?」

「何が?」

「明日行くんやろ?旅行」

「え、よく知ってるね」

眞白と旅行を計画したことは誰にも話していなかった。

「……眞白に聞いたんだ?」

「うん。温泉宿やっけ?」

「そう。前にロケ行ったとこでさ」

「あー、昼の番組ね。大知くん出とったっけ」

「それも眞白に聞いたの?」

棘のある声に、自分で驚いた。

悠貴は俺を一瞥すると困った様に眉尻を下げて口角を上げた。

「眞白が話してくれたんよ。大知くんに旅行誘われたって。楽しみにしとるみたいやで」

「……そっか」

気まずさから目を逸らす。何故だか胸の奥がもやもやとしていた。

玄関口に着く。悠貴が先に、靴箱からスニーカーを出して履き替えた。

「大知くん、ありがとな」

自分の靴を取り出そうとした手が止まる。

「何が?」

「大知くんと旅行いくって話してた時の眞白、ほんまに嬉しそうやったで。眞白があんな楽しそうに笑ってるとこ久しぶりに見たわ。二人が友だちになれてほんまに良かったなって思う」

「……そう?」

「うん。まあ……」

靴紐を結び終えた悠貴が振り返って笑う。

「眞白の事を笑顔にしてあげれるのは俺だけやと思っとったから、ちょっと悔しいけどな」

「……」

スニーカーを引っ掛けて持っている指先から、じわりと汗が噴き出す。

「…ハル」

「うん?」

「俺……」

他に誰もいない玄関ホールに、自分の声だけが妙によく響いた。

「俺、眞白のことが好きだ」

―悠貴の、猫の様なアーモンド型の目が真っ直ぐに、俺を見つめ返してきた。

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