scene15 控室

―眞白―

ショーケースが終了し、会場から出ようとしたらスタッフらしき男性に呼び止められた。

何か話しかけて来たので慌てて補聴器を着けたけれど、周囲のざわめきが大きくて聞き取れない。伊織が代わりに聞いて教えてくれた。

「(楽屋に案内するって言ってるよ)」

ハルから貰ったスタッフパスを首から下げていたことを思い出す。

「(これで楽屋入れるって言っとったわ)」

「(行って来なよ。俺は帰る)」

「(何で、なら俺も帰る)」

伊織が顔を顰めた。

「(ハルが待ってるじゃん、行きなよ)」

「(でも)」

躊躇っていると、スタッフの男性が困った様にこちらを見てくるのに気づいた。伊織が肩をすくめる。

「(外で待ってるから)」

「(……分かった)」

これ以上ごねているとスタッフの方に迷惑になると思い、渋々頷いた。


慌ただしく人が行き交う廊下を歩き、案内された部屋には『star.b 控室』と紙が貼られていた。

扉が開け放たれたままになっていたので、そっと中を覗いてみる。まつ毛の長い、ぱっちりした目と視線が合ってしまった。

何故だか嬉しそうな表情で駆け寄って来たのは、最年少メンバーの千隼くんだった。

「わあ!は……の、……?」

話しかけてくれるけれど、周りの物音が大きくて上手く聞き取れない。困っていると、背後からハルが現れて千隼くんを羽交い締めに捕まえた。

ハルが何事か千隼くんに言う。千隼くんは驚いた様に俺を見た。目線が僅かに、左に寄る。耳を見られたのだとすぐに分かった。

千隼くんを離し、ハルが近づいてくる。

「(伊織くんは?)」

「(来ないって。外で待ってる)」

「(そっか。俺、ちょっと出てくるで待っててな)」

え、と思う間もなくハルは慌ただしく控室から出て行ってしまった。

腕をつつかれ、振り返る。千隼くんが、こっち、と言いながらテーブルを指差すので仕方なくついて行った。椅子に座ると、千隼くんも隣に座り、近くにあったメモとペンを手元に引き寄せた。さらさらと文字を書き、見せてくれる。

『ちはやです』

にこにことペンを差し出してくるので、受け取って『ましろです』と書いて返した。

『今日は楽しかった?』

『うん、みんなかっこよかった』

『やったー、うれしー』

文字通り嬉しそうに笑い、また何か書き始めた千隼くんを見るふりをしながら、そっと楽屋の中を見回してみる。

大半がスタッフらしき人だったけど、奏多くんと碧生くんが何か話しながら荷物を片付けている様子が目に入った。

千隼くんが肩を叩いてくる。

『誰か探してるの?』

書かれた文字を読んで、どきりと心臓が跳ねた。

手渡されたペンを手に持ち、しばらく躊躇ってからメモの端っこに名前を書いた。

『大知くんは』

いないの、と書く前に千隼くんがトントンと机を叩いた。顔を上げると、出入り口の方を指さしていたので、つられる様にしてそちらを見る。

戻って来たハルに背中を押される様にして入って来たのは、私服に着替えた大知くんだった。

大知くんはすぐに俺に気づくと、満面の笑顔で駆け寄ってきた。千隼くんの反対隣に腰を下ろすと、スマホを出して文字を打ち、見せてくれる。

『びっくりした、来てたんだね』

うん、と頷く。大知くんが自分のスマホを渡してくれるので、返事を打った。手が震える。

『かっこよかったよ』

ほんと?と言っているのが分かったので、うん、としっかり頷き返す。再び大知くんが文字を打って見せてくる。

『俺が手振ったの、分かった?』

思わず大知くんの顔を見た。その時の真似をしているつもりなのか、俺に向かって手を振ってくる。

『前にいた女の子に手振ったんやと思った』

そう返すと、違うよ、と言う様に顔の前で手を振られる。

『眞白に気づいたから振ったんだよ』

読んでいたら、画面の前に手が伸びて来てひらひらと大知くんの手が揺れた。顔を上げたら、嬉しそうな表情の大知くんと目が合った。どうしたらいいか分からなくてすぐに俯いてしまう。

視界の端に、さっきまで千隼くんとやり取りしていたメモが映った。大知くんは、と書きかけた部分が見えたと同時くらいに、大知くんがメモに気づいて手を伸ばそうとしたので思わず、名前を隠す様に手で覆った。

「……?」

大知くんが不思議そうな表情でこちらを見てくる。急いでメモを引き寄せたら、後ろからぱっとメモを取られてしまった。

メモを手にした千隼くんが、俺が隠そうとした部分に気づいたのか、にやにやしながら見てくる。一気に頬が熱を持った。

返して、と言う様に手を出したら、千隼くんは素直にメモを折って返してくれた。口元で、指をクロスさせてバッテンを作って見せてくる。言わないよ、という意味だと解釈し、頷いておく。

なになに、と言うように大知くんが身を乗り出してくる。慌ててメモを握りしめてポケットに押し込んだ。

自分のスマホを出し、文を打つ。

『友達待ってるから、もう行くね』

大知くんが頷いたのを見て席を立った。同時に立ち上がりながらスマホを触っていた大知くんが、俺に画面を見せてくる。

『またご飯行こうね』

頷き、急いで楽屋を出た。出たところでハルに会ったので、もう帰るから、とだけ短く告げて足早に伊織の元へ急いだ。

顔が熱い。外に出たら寒さで少しはましになるだろうか。急いで歩くのをやめたら、激しく高鳴る鼓動は治まってくれるんだろうか。

本当はもう少し顔を見ていたかった。話したかった。でも。

あの場に、これ以上いたら。

何かが溢れてしまいそうで、こわくなった。

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