scene14 ファンサービス

―眞白―

続けてもう一曲、アップテンポのダンス曲を披露した後はトークが始まった。

壇上のメンバー達が、座って、と呼びかけているのが分かり、周りに倣って腰を下ろすと伊織が肩を叩いてきた。

「(通訳しようか?)」

控えめな手つきで聞かれ、少し考えて首を横に振った。伊織の方を見ていたらステージの様子が分からない。伊織も、それ以上は何も言ってこなかった。

明るい栗色の髪のメンバーが仕切りなのか、観客の反応を見ながら他のメンバーに話を振っている。名前は確か奏多くん、だった気がする。ハルがお世話になっているグループのメンバーなんだから覚えなければ、と頑張って皆んなの顔と名前は一致させたけれど、髪型が変わるとたまに分からなくなる。

奏多くんの隣で頷きながら話を聞いているのが、メインボーカルの碧生くん。目がくりっとしていて覚えやすい。大きな口を開けて笑っているのが最年少の千隼くんで、作り物みたいに綺麗な顔をしているのが、人気メンバーの瞬くん。ハルはその隣で観客に向かって手を振っている。……そして。

一番端で、大知くんは控えめに笑いながらメンバーの方を見ていた。時々、ハンドマイクを口元に持っていって何か話している。

大知くんはあまり唇を動かさないで喋るから、何を言っているのかいつも分かりづらい。ハルは意識して口を大きく動かして話してくれてるんやな、と気づく。声の大きさも気にしてくれているんだろう。二人きりで静かな場所なら、ハルの声は微かに聞き取れるからだ。

ハルの声は知っている。幼い頃の記憶がまだ残っている。

でも大知くんの声を、俺は知らない。

和やかな雰囲気でトークタイムは進んだ。奏多くんが、話しながら指を一本立ててみせる。もう一曲歌うんだろうか、と思ったらそうだったらしく、再び観客が立ち上がった。

照明の雰囲気が変わる。どうやら明るい曲調らしい。最初に披露した曲と違って、メンバー達は笑顔を浮かべ、手を振りながら観客席の方へ近づいてきた。振り付けのない曲らしく、メンバー達はそれぞれに体を動かし、リズムに乗りながら歌っている。

ファンの子達はペンライトの色で、どのメンバーのファンなのかアピールしていた。さすがに誰が何色かまで把握しきれていないけれど、ハルがピンクだったのは覚えている。ピンク色にライトを灯して必死にアピールしていた女の子に、ハルが手を振ると喜んでいる様子が遠目にも分かった。

大知くんは、何色なんやろ。

ステージの上から観客席を見渡している大知くんを見つめる。時々、遠くの席へ向かって手を振ったりハートマークを作ってみせたりしていた。自分の歌うパートがきたのか、マイクを構えて歌いながらこちらの方へ歩いてくる。見ていたって、どうせ遠いから気づくわけないと思っていた。

目が、合った気がした。

気のせいかと思ったけれど、大知くんは自分のパートを歌い終えると再びこちらの方を見てきた。

不思議そうな表情から、花びらが解けるように笑顔に変わっていく。

胸の奥で、鼓動が跳ね上がった。

気づいた?まさか。結構遠いのに。こんなに人がいるのに?

大知くんが、こちらに向けて大きく手を振ってくる。恐る恐る、手を挙げてみた。振り返そうとしたら、俺の前の席にいた子達が前のめりに大知くんに向かって手を大きく振った。

慌てて手を引っ込める。大知くんは女の子達に向かって小さく手を振ると、ステージの中央へ戻っていった。メンバー達も集まってポーズを取る。曲が終わったらしい。

最後にメンバーがそれぞれ挨拶をして、ショーケースは終了した。メンバー達が捌け、会場の照明が明るくなる。

ぞろぞろと観客達が席を立ち出口に向かっていく中で、俺は伊織が何度も肩を叩いてくるまで、呆然とからっぽになったステージを見つめていた。

俺を見つけた時の大知くんの笑顔が、頭から離れなかった。

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