最終話 ハッピーバースデー

last scene 指輪

―大知―

改札を抜けたら自然と早足になっていたらしく、知らない間に息が上がっていた。

吐き出す息は真っ白だった。今にも雪が降りそうだ。そう思ったら勝手に口が綻んでしまう。

寒いのは得意じゃないけれど、今日だけは思い切り降ればいいのにと思う。だって、今日は。

「……っと」

横断歩道を渡ろうとしたら点滅し始めてしまい、慌てて足を止めた。

そろそろ近くまで来たはず、と悠貴に教わった住所を地図アプリに入れて確かめる。

画面上部の時刻が目に入った。あと十五分で今日が終わってしまう。思ったよりスケジュールが押したせいで時間が無い。

信号が青に変わった。急いで渡り、狭い道を一本奥へ入って進んで行くと、小さなマンションが目の前に現れた。ここだ。

古いマンションなのかオートロックになっておらず、エントランスに入れてしまった。二階の角部屋を目指し階段を上っていく。

突き当たりの部屋の前で立ち止まった。

インターホンを押そうとして、躊躇う。勢いで飛んできてしまったがお姉さんと二人暮らしのはずだった。

スマホを出し、メッセージを打ちかけてふと思いつき、ビデオ通話のボタンを押した。

出るだろうか、と不安になりながら待っていると、画面にぱっと顔が映った。

「眞白ー」

カメラに手を振る。ここどこだ、と部屋の番号が見えるように扉を映して見せた。

途端に、通話が切れた。

え、と戸惑っていると、扉の向こうから慌ただしい足音が聞こえてきた。勢いよく扉が開く。

出てきた眞白の格好を見て、どきりとしてしまった。

部屋着なのか、Tシャツの上にサイズの緩そうなパーカーを羽織り、下はスウェットを履いている。

いつもはハイネックやマフラーでしっかり隠されている首筋から胸元が大きく開いていて、ついそこへ視線がいってしまった。

「え、っと。遅くなってごめ、……うわっ」

いきなり抱きつかれ、踏ん張れずに後ずさった。

「ちょ、眞白」

どうにか抱き留めた細い体は、少し火照っていた。鼻先をくすぐる柔らかい髪からシャンプーの匂いがする。どうやらお風呂上がりだったらしい。

「……今日はもう、会えれへんと思っとった」

耳元で掠れた声がする。

「会えた……」

「来るよ、絶対会いに来るって言ったじゃん」

身体を離し、ちゃんと伝わるように目を合わせる。

「眞白。誕生日、おめでとう」

コートのポケットに入れていた小さな箱を取り出す。

金色のリボンをそっと解き、眞白に見えるように箱の蓋を開けた。箱の内側には"Happy birthday"とメッセージが書かれているはずだった。

そして中には、プラチナの指輪が入っている。

驚いた表情で見つめている眞白の左手を取った。

「手かして」

箱の中から指輪を取り出し、薬指にゆっくりと嵌めてやる。

「あ、サイズぴったりだ」

俺の指よりワンサイズ小さい物を選んでいた。緩すぎず、しっかり合っている。

「これ、このモチーフね」

眞白の指に嵌めた指輪をさしてから、自分の指で二つ輪っかを作って知恵の輪のように繋げてみせる。

「メビウスの輪。永遠、のモチーフなんだって」

「ずっと?」

「え?」

眞白は首を傾げ、俺と同じように指で輪を作って前に出した。

「あ、手話?これ……ずっと、っていう意味になるの?」

眞白の真似をする。

「そうなんだ……」

眞白に伝わるようにスマホに文字を打って見せた。

『この指輪のモチーフ、永遠を意味してるんだよ』

読むと、眞白は自分の薬指をじっと見つめた。黒目がちな目が潤んでいく。

「ありがとう。大事にする」

「うん。それから、これ」

白い封筒に入れた手紙を差し出す。

「読んで。ラブレター、書いてきた」

俺の唇の動きで分かったのか、眞白は照れくさそうに笑って、封筒を開いた。


"眞白へ


誕生日おめでとう。二十二歳だね。

本当は誰よりも早くおめでとうを言いたかったんだけど、遅くなってごめん。


眞白と出会って、もう二ヶ月が経つんだね。あっという間に時間が過ぎた気がしてる。

初めて会った時は、どう接したらいいか分からなくてすごく戸惑ったよ。

でも眞白が笑ってくれたら、あっという間に緊張が解けたんだ。仲良くなりたいって強く思ったんだよ。

あの時にはもう、眞白の事を好きになっていたんだね。


知らないうちに眞白を傷つけてしまったこともあったよね。これからも気持ちがすれ違ってしまう時があるかも知れない。

それでも俺は、眞白とずっと一緒にいたいと思っているよ。

永遠なんてあるか分からないけれど、指輪という形にして贈るから。

たとえ離れていても、俺が眞白を想っている印だよ。


朝、目が覚めたら一番に眞白の事を思い出すよ。

夜眠る前には、必ず愛してると伝えるね。

そうやって日々を積み重ねていった先に、きっと永遠の愛があるはずだって信じてる。


だからこれからは、俺の隣に居て欲しい。

眞白がいつも笑顔でいられるように、俺が盾になって君を守るから。


眞白、君に出会えて良かった。大好きだよ。

ハッピーバースデー!


大知"


読み終えたらしく、眞白が顔を上げた。

白い頬に、透明な筋が伝う。

「……ありがとう、大知くん」

後から次々に溢れてくる涙を拭う手を、そっとつかまえる。

「眞白はいつでも、俺のここにいるから」

自分の胸元に、指輪をはめた眞白の手を当てる。

「……?」

気づいた眞白が俺を見上げた。

手を離し、自分の首にかけていたネックレスを服の中から引っ張り出す。

細い鎖の先には、メビウスの輪のモチーフの指輪が通してあった。

「……お揃い」

眞白は涙で濡れた顔で、それでも嬉しそうに笑ってくれた。

「俺、大知くんと出会えて良かった」

そっと手を握ってくる。

「……大好きやで」

頷き、微笑む唇を優しく塞ぐ。少しの隙間もないくらい強く、強く抱き締めた。


冷たい風が吹いてくる。頬に何か触れたのは、雪の結晶だっただろうか。

君の名前の由来。純粋な心を映す白い輝き。

……眞白。

君に出逢えて、良かった。

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