第五話 すれ違う星の下

scene17 アイドル

―眞白―

教科書の重みでずれた、トートバッグの取っ手の紐を肩に掛け直す。

ガラスの自動ドア越しに店の外を見ると、辺りはすっかり陽が落ちて暗くなっていた。自転車を漕ぐ人の耳にはイヤマフが付いている。外へ出たら風が冷たいだろうと思い、時間を潰していた書店内へもう一度戻った。

ポケットでスマホが震えたので、取り出して確認する。大知くんからメッセージが来ていた。

『今撮影終わった!待ってて』

慌てて打ったに違いないシンプルな文面に、気をつけてね、と短く返してスマホをしまう。

仕事帰りのサラリーマンや、部活帰りらしき学生で書店内はそこそこ混み合っている。さて何を見ようか、と店内を見回すと、音楽誌のコーナーに見覚えのある写真を見つけたので近づいた。

他の雑誌に半分隠れていたそれを棚から引き抜くと、思った通り『star.b』が表紙を飾るエンタメ誌だった。新しく発売される新譜の宣伝なのか、この間のショーケースで着ていた衣装を身に纏っている。

いつもの柔らかい雰囲気と違ってクールな眼差しでこちらを見ている大知くんを、しばらく見つめる。

ページをめくると、インタビュー記事が書かれていた。今回のコンセプトや、目標にしている事。最近の出来事、ファンへのメッセージ……読んでいるつもりなのに、内容が何故だか頭に入ってこない。

何枚か掲載された写真を見るたび、あの日ショーケースで見た姿が思い浮かぶ。

……かっこよかったな。

素直にそう思うのに、同時に胸がざわつくのは何故なんだろう。

雑誌を閉じ、元の場所に戻した。それとほぼ同時に、隣から女の子の手が伸びてきて俺が見ていた雑誌をさっと棚から引き抜いた。

驚いて隣を見ると、すぐ近くに制服姿の女子高生が立っていた。長い髪の上から、大振りのヘッドフォンを着けている。

視線を感じたのか、こちらを見上げてきたので急いで棚から離れた。そっと振り向くと女子高生はもうこちらを見ておらず、雑誌をめくって記事を読んでいた。リュックに何か、写真を入れたパスケースのような物がぶら下がっている。遠目にも、それが大知くんのトレカを入れた物だとすぐに分かった。

あの子、ファンなんや……大知くんの。

胸の奥が締め付けられるような気がした。足早に雑誌のコーナーから外れ、あまり人のいない方へ歩いていく。

何を動揺してるんやろ。ファンなんて、東京の街中を歩いてたら一人や二人、遭遇するに決まってる。『star.b』は人気グループなんやし。この間もショーケースで見たばっかりやんか……。

つらつらと考えていると、ふと女子高生が着けていたヘッドフォンが思い浮かんだ。

あの子、もしかして『star.b』の曲聴いとったんかな……。

――胸の内に渦巻く、息苦しさの正体に気づいた気がした。

昏くなりかけた気分を振り払うように咳払いをし、文芸書のコーナーへ足を向けた。

作者名順に並んだ棚から、目当ての作家の背表紙を探す。だいぶ歩き回ったせいで重みを増した気がするトートバッグの中には、大知くんに薦められて読んだ本が入っていた。今日はそれを返すついでに、二人でご飯を食べる約束をしている。

同じ作家の既刊本を探して身を屈め、棚を覗いていると突然、膝下に何かがぶつかる衝撃を感じた。

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