scene11 名前
―大知―
会計を済ませて外に出ると、震えるほど気温が下がっていた。
「さっむ……」
「あー!」
突然、悠貴が慌てた声を出した。
「どうしたの」
「家の鍵入れたケース、落としてきた!」
「ええ?店に?」
「ちゃう、たぶんさっき取材受けとったとこやわ」
後から出てきた眞白の方を振り返る。
「俺、取りに行ってくるから二人で先に帰っとって!」
手話で眞白にも同じことを伝え、悠貴はタクシーを止めるためか大通りに向かって走って行ってしまった。
「ハルは本当、あわてんぼだね」
眞白に向かって言うと、首を傾げられた。あ、と気づいた時にはスマホを出していつものアプリを起動してくれたので、申し訳なくなる。
はい、とスマホを差し出される。そんな大した事を言ったわけじゃないので困って、寒いね、と言ってみた。
画面にテキストが表示されたのと同時くらいに、白い粒が画面に落ちて溶けた。
「あ……雪だ」
空を見上げる。俺につられて空を見上げた眞白の前髪に、もう一粒雪が落ちてきた。
眞白が手を伸ばす。うまい具合に、指先に雪の結晶が載った。見て、と言わんばかりに眞白が満面の笑みで俺の前に指先を出してくる。
雪より、笑った眞白の口元の端にへこんだえくぼに目が釘付けになる。胸が高鳴った。
「……綺麗、だね」
そう言った時には、小さな粒はあっという間に溶けてなくなっていた。
「なんか、眞白みたい」
スマホを見た眞白が首を傾げる。自分のスマホを出し、メモ機能を呼び出して文字を打ってみせる。
『雪村眞白』
「眞白の名前、綺麗だね。この雪みたい」
そう言うと、眞白の頬に赤みがさした。照れくさそうな笑みが浮かぶ。
『名前覚えてくれたんやね』
「うん」
スマホをしまい、行こうか、と駅の方角を指さした。
並んで歩き、駅の改札前まで来たところで立ち止まる。
「俺、反対方向なんだ」
反対の改札口を指さす。
分かった、と唇の動きで言いながら胸を二回叩き、じゃあね、と行ってしまおうとする眞白を、ねえ、と呼び止めるように手を振った。
不思議そうな表情で俺の方を見た眞白に、急いで打った文を見せる。
『連絡先、教えて』
眞白はちょっと驚いた様に目を丸くし、頷くと電話番号を画面に表示して見せてくれた。登録し、ワンコールだけ鳴らして切る。眞白が画面を見たので、指さした。
「これ、俺の番号」
眞白が頷く。すぐに何か打ち始めたので、いつもみたいに画面を見せてくれると思って待っていたら、ポケットの中でスマホが震えた。
俺のポケットを指さすので確認してみると、メッセージアプリで眞白からメールが来ていた。
『今日はありがとう。大知くんとたくさん話せてよかったです』
眞白を見る。優しい微笑みが返ってきた。微笑を返し、返事を打つ。
『こちらこそ、ありがとう』
俺の返事を確認してから今度こそ背中を向けた眞白の腕を、そっと掴んで引き留める。
驚いて振り向いた眞白に、ちょっと待って、と伝えて鞄から手袋を取り出した。
「手、また赤くなってる」
眞白は少し困った表情を浮かべ、スマホに文字を打ちこんで俺に見せてきた。
『もう電車乗るだけやし寒くないで』
「ううん、電車来るまでに冷えるよ」
眞白のスマホを取り上げ、少々強引に黒い手袋をはめさせてから、文字を打って眞白に返した。
『また今度返して』
「……また会うための、口実だからね」
小声でそう言ったのが伝わったのかは分からないけれど、眞白は諦めたような曖昧な笑みを浮かべ、ありがとう、と唇の動きでお礼を言ってくれた。
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