scene49 サンタクロース

―眞白―

終演時間は知らなかったけれど、大体二時間程度で終わるんじゃないかと予想して会場前に戻ってきた。

まだ公演は続いているらしい。出入り口付近に人の気配は無く、会場からは明かりが漏れていた。

こんなタイミングで中に入れるはずもなく、ふらふらと歩いているうちにメンバーフラッグが立っていた場所に辿り着いた。開演後に片付けられたのか、フラッグは跡形も無くなっている。

結局、ライブは観られなかった。

どんどん出入り口に吸い込まれていくファンの姿を見ていたら足が竦んでしまって、近くのカフェに逃げ込んで、ただひたすら時間が経つのを待っていた。

そばに立つツリーを見上げる。六色のオーナメントが電飾で照らされて輝く様は、思った通りとても綺麗だった。夜空によく映える。

今頃、ステージの上でも輝いてるんやろか。『star.b』の名前に相応しい、ファンにとって唯一無二の六人の星たちは。

スマホを出してツリーの写真を撮った。ハルに送ってやる。

あっという間に既読マークが付いたので驚いた。

もう公演は終わったのかと思ったけれど、まだ人が出てくる様子は見受けられない。

ハルからメッセージが送られてきた。

『今からサンタの姿見せに行ったるでそこで待っとって』

読んで、開場前に送られてきたサンタクロース姿の写真をもう一度見た。こんな格好で外に出てきたらファンに見つかって騒ぎになりかねない。

しかし、相変わらずファンが出てくる気配はなかった。スマホを触っているなら、もう公演は終わっているはずなのに。

困惑しながら周りを見回していると、遠くから頭でっかちの背の高いシルエットが近づいてくるのが見えた。

まさかと思って見ていると、予想通り、写真で見たままのサンタクロースの着ぐるみだった。小脇にはスケッチブックとペンを抱えている。

「……ハル?」

背の高いサンタクロースは俺の前で立ち止まると、おどけたポーズと共にスケッチブックを広げた。

"じゃーん"と、書かれている。

思わず、ちょっと笑ってしまった。

「そんな格好のまま出て来てどうしたん?ファンに見つかったら騒ぎになるで」

サンタはスケッチブックをめくると見せてきた。

"ライブどうだった?"

「……観なかった」

え、と言う声が聞こえてきそうなリアクションをされる。

「ごめん、どうしても入れんかった」

白い手袋をした手で、サンタが指を横に振る。

「(なんで?)」

「……遠いねん、大知くんが」

思わず本音がこぼれてしまう。

「ごめんな、ハルのことは見てあげたかったんやけど。でも、大知くんのこと見たら辛くなりそうで……」

口にしながら俯いてしまう。

スケッチブックのページを目の前でパタパタと動かされて顔を上げた。

"どうして辛いの"

「ハルに言ってなかったんやけど俺……旅行の帰りに、大知くんに、告白されてん」

サンタがうんうん、と大きな頭で頷く。それで?と促すように俺に手のひらを向けてきた。

「断ったよ」

「(なんで?)」

「なんで、って……」

すかさず聞き返され、自嘲気味に笑った。

「俺男やし、大知くんとは住んでる世界違うし。……それに、病気やし。断る理由なんていくらでも思いつくで」

今度はスケッチブックに書き、見せてきた。

"うれしくなかった?"

「……」

胸を衝かれた。

俺の返事を待たず、またスケッチブックに書いて見せてくる。

"旅行たのしくなかった?"

「楽しかったよ」

素直な気持ちで肯定する。

「ずっと一緒におって、距離縮まったと思うし……びっくりしたけど、好きだって言ってくれたのも嬉しかった。……けど、後から悲しくなった」

「(なんで)」

「たった一言伝えたいだけで、すごく時間がかかんねん。俺、外では喋れんし。大知くんは手話が分からんから、話そうと思ったら絶対スマホが必要やんか。それがすごくもどかしくて、申し訳なくなってくるねん。でも大知くんは優しくて、全然嫌な顔なんかしいひんから……俺と一緒におったら、大知くんに、無理させちゃう、……っ」

不意に熱いものが込み上げてきて言葉に詰まった。

白い手袋を嵌めた手がそっと肩をさすってくれる。顔を上げた。サンタはゆっくりとした動作で、ぎこちなく自分の両肩を交互に叩いた。

「(大丈夫)」

「……俺な、大知くんに、ほんまにひどい事言ったことあんねん。全然伝わってへんかったけど」

思い切り八つ当たりした夜の事を思い出す。

伝わらない手話で大知くんに向かって何を言ったのか、ハルにも詳しくは打ち明けていなかった。

「大知くんといると惨めになるとか、出会わんかったらよかったとか。ライブ、観に行かんければ良かった、とか……」

あれこれぶちまけた事は後悔していた。

でもあの時の気持ちも、紛れもなく本心だった。

「今は良くても、絶対いつか俺のこと重荷に感じる。やっぱり無理やったって、そう思う日が絶対くる。そんなの耐えられん……そんなんやったら、これ以上近づき過ぎない方がいいやんか。お互い傷つかんで済むやん。ファンに嘘つかせるのも嫌やねん。けど……っ」

込み上げてきたものが、もう堪えられなくなった。

一筋伝って落ちてきた雫が次から次へと溢れ出てきて、喉をも締め付けてくる。

続きを促すように背中をさすられ、必死で気持ちを絞り出した。

「けど……ほんまは、大知くんのそばにいたい……抱き締めて欲しい……大知くんに、会いたい……っ」

背中をさすってくれる手が離れた。

スケッチブックを広げて字を書き、こちらに向けてくる。

"やっと本音言った"

「え……?」

サンタはスケッチブックを地面に置くと、ゆっくり大きな頭を持ち上げた。

中から出てきたのは、金髪の幼なじみではなかった。

夜闇に溶ける黒い髪に、流れ星の軌跡みたいなシルバーのメッシュ。

鼓動が、激しく跳ねた。

「大知、くん……?」

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