scene43 答え

-大知-

大学まで移動するうちに傾いてきた陽射しが眩しかった。変装も兼ね、上着のフードを目深に引っ張る。

悠貴から聞いた教室の場所は知っていた。自分が学生だった時に何度か使用した事がある。

外階段を登り、煉瓦造りの建物に足を踏み入れる。二部屋ある階段教室のうち、収容人数が少ない方の教室を覗いた。前の方と、一番後方の席に自習している学生がいるだけで中はとても静かだ。

ゆっくり階段を降りて行き、夕陽が差し込む窓際の席へ近づく。前から数えて三番目の列の左端に、いつか見た覚えのあるアイボリーのハイネックセーターを着た後ろ姿があった。

机に伏せ、両腕を枕にして眠っている眞白の隣にそっと座る。細いシルバーのラインで縁取られた眼鏡が枕代わりの腕に当たってずれていた。

……眞白が眼鏡掛けているところ、初めて見たな。

同じ格好で隣に伏せ、こっそり寝顔を覗き見る。

机に広げたままのノートには、見た事のある悠貴の几帳面な字が並んでいる。写している途中で居眠ってしまったらしい。

「……眞白」

呼んでみても、ゆっくりと華奢な両肩が上下するだけで目を開けない。

段々とずれていく眼鏡にそっと手を掛けた。ゆっくりと外す。耳掛けの部分が擦れて髪を揺らした瞬間、気づいた眞白が目を覚ました。

眠そうに薄らと開いた目が、俺に気づいた瞬間丸くなる。

慌てて体を起こした眞白の手元から、真っさらなルーズリーフを一枚引き寄せた。机の上に転がっていたシャープペンシルを手に取り、芯を出す。


"ひさしぶり"


シャープペンシルを手にしたまま、様子を窺う。眞白は視線を泳がせ、一瞬だけ目を合わせるとすぐに俯いてしまった。

頬杖をつき、下の行に再び文字を書き連ねる。


"俺、眞白のこと困らせてる?"


答えてほしくて、シャープペンシルを差し出した。

受け取ってはくれたものの、ペン先を紙の上につけたまま動かさない。何かを書こうとしてはやめてしまう。

細い指の間からペンを抜き取った。


"もう一回だけ伝えさせて"


眞白が目で追ってくれているのを確かめる。


"俺は、眞白が好き"


手のひらに汗が滲む。


"眞白の彼氏になりたい"


少し間を開け、もう一言付け加えた。


"眞白は俺のこと、好きじゃない?"


そこまで書き、シャープペンシルを紙の上に置いた。

眞白の顔を見ると、泣き出しそうな表情で俺の書いた文をじっと見つめていた。

……困らせている自覚はある。

だけどもう、どうしようもなかった。

打ち明けてしまった以上、眞白の気持ちを教えてくれなければ諦める事も出来ない。

お願いだから答えて欲しい。

たとえ俺の期待する答えと違っても、それが君の気持ちなら受け入れるから……。

じっと待っていると、やがて意を決したように眞白がシャープペンシルを手に持った。

震える字が、ルーズリーフの上に乗せられていく。


"大知くんはアイドルやろ

ファンの人がたくさんいて

みんなが大知くんのことを好きで

そうやって応援してくれるファンがいるから輝け る

ファンに、嘘つくようなことしたらあかんと思う"


一呼吸置き、文が続く。


"いつか、誰か良い人と出会って結婚する日が来るかもしれない

その時にはきっと皆んなが祝福してくれると思う

でも、それは今じゃない

今は、応援してくれるファンを一番大事にして

アイドルとして頑張る姿を見せてほしい"


ペンが止まる。

小さな字で、もう一言書き加えられた。


"俺も応援してるから"


「……それが眞白の本音なの?」

問いかける。情けなるくらい弱々しい声が出た。

俺が何か喋った事が分かったのか、眞白は潤んだ目でこちらを見ると困った様に首を傾げた。

何でもない、という意味で首を横に振る。

分かった、と胸をそっと叩いた。

眞白の手からシャープペンシルを抜き取る。


"困らせてごめんね"


それだけ書き、席を立った。

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