第34話 トーコⅧ

 俺とシアは、暗くてじめじめした城の地下室にやってきた。


 石でできた床には、青く光り輝く魔法陣が大きく描かれている。

 

 この上に乗れば、俺は別の夢に転送される。



 転送魔法陣のある城の地下には、拍子抜けするくらい、あっさり着いてしまった。


 シアの所属するギルド〝ネオンナイツ〟はギルドランクが最高クラスで、信頼度が最高値MAXになっていた。

 

 シアが、城を警備するNPCに俺を紹介すると『シアさんの紹介でしたら、大丈夫ですよ。どうぞご自由に転送魔法陣をお使いください』とすんなり通されてしまった。


 シア、このゲームを、やりこんでいたんだな。

 

 そう思うと、すぐにこの転送魔法陣から別の夢に行ってしまうのが惜しい気がした。

 

 もう少し、この世界のシアと一緒にいたい……という思いが、俺の中に芽生え始めてしまった。

 

「シア……なあ、やっぱり俺……もう少し……」


 だけど、そんな俺の言葉を、シアはピシャリと遮った。

 

「ダメ。ミナトには、やらないと行けない事、あるんでしょ」


「あ、ああ。そう……だな」


「なら、行って。そして、未来のわたしを助けてあげて」


「まあ、そんな大それた事ではないんだけどな……あくまでゲームだし、これはギルドのメンバーを紹介するためのPVPで、本気での戦いじゃあないし」


「そうなの?……でも、ミナトはとても真剣にやってるように見える」


「まあ、何にでも本気を出してしまう性格なんだろうな……俺」


「なら、この戦いPVPも本気だって事……だよね」


「まあ、そうなるな」


「じゃあ、勝たないと。ミナトはそのためにここまで来たんだもん。あと少し。ここで立ち止まってちゃ駄目」


 ……そうだった。

 

 ここまで、兄さんやスンアにも会ってきた。

 

 この先にも、トーコが待っている。

 

 俺は、立ち止まってちゃ行けないんだ。

 

 この先に行かなきゃ行けないんだ。

 

 シアに励まされて、俺はもう一度、自信を奮い立たせた。

 

「わかったよ、シア。俺、弱気になるところだった。ありがとう」


「ううん。ミナト、元気で」


 私は、小さく手を振る。


 俺は、頷いた。


「ああ……シア。未来で会おう」


 もう迷わない。


 俺は、転送魔法陣の上に乗った。

 

 転送魔法陣が青白く光りを放つ。

 

 俺の視界は、光に包まれて何も見えなくなった。

 

 ……

 

 ……


 ……長かった。

 

 ここまで、随分と時間をかけてしまった。

 

 【胡蝶夢廻廊オニロ・ペタルーダ】で夢の中の世界に落ちた俺は、夢の中にあるVR装置からフルダイブして、アストラル・アスターの世界に行った。


 そこから転送装置を使って、シアの記憶で構成された世界、パストラル・テイルズの世界に迷い込んだ。

 

 そして今、転送魔法陣を使って、夢の中の夢の、更に奥深く、深層の世界にやってきた。

 

 ここは、俺の知らない場所だった。

 

 どこかの施設の屋内だろうか。

 

 窓のない、広い建物の屋内に俺は、転送されていた。

 

 周りには見た事がない機械が所狭しと置かれていた。

 

 機械は、無機的な光を常に明滅していて、どの機械も忙しく稼働しているようだ。


 壁には、大きなスクリーンが何枚も貼られていた。

 

 スクリーンには、見た事がない画面が映しだれていて、数字や模様が忙しなく動いている。

 

 ……どこかの研修室だろうか。

 

 この建物内では、何か難しい事を研究している……ような感じだ。

 

 窓がないから、昼か夜かもわからないが、部屋の中は電気が付いているので、そこそこ明るい。

 

 俺は、辺りを見回した。

 

 入り口らしき、自動ドアがあった。

 

 ドアを開けると、そこは廊下だった。

 

 廊下にも、窓がなく、間接照明が照らす廊下は仄暗い。

 

 廊下は長く、直線が続いていた。

 

 等間隔で自動ドアがあるが、どこもロックがかかっていて、開かない。

 

 参ったな。

 

 俺は、とりあえず廊下を進んで、手当たり次第に開くドアがないか確かめて行った。

 

 廊下を突き当たりまで進んだ。

 

 とうとう、調べていないドアは一つだけになった。

 

 このドアが最後か……

 

 これが開かないと、俺はこの謎の建物に閉じ込められてしまう事になるな。

 

 どうか、開きますように……そう願いながらドアの横にあるパネルに手をかざす。

 

 ぷしゅ……という音がして、あっさりと自動ドアが開いた。

 

 よかった。

 

 ここがどこかはわからないけど、とりあえず、先に進む事ができた。

 

 扉を抜けると、広く大きな部屋だった。

 

 部屋の中にはやはり窓はなく、灯りも間接照明くらいしか点いていないので、薄暗い。

 

 そして、部屋には見た事もない機械がたくさん設置されていた。

 

 そのたくさんの機械それぞれから太いケーブルが伸びていて、床はケーブルで埋まっていた。

 

 床を這うケーブルは、そのどれもが部屋の奥へと伸びていた。


 俺は、部屋の奥に向かって進んだ。

 

 暗くてよくわからなかったが、奥に進むにつれて、が何なのか、わかってきた。

 

 部屋中に所狭しと置かれた機械、その機械から伸びる太いケーブル。それらは全て、部屋の奥に設置されている物に繋がっている。

 

 円柱形をした、巨大なガラスのシリンダー。

 

 形は、水族館で見る小型のクラゲとかカニとかを展示しているような、360度どこからでも眺められるような、全てが強化ガラスで形作られたシリンダーの形状。

 

 だけど大きさは、サメとかイルカとか、大型の魚が展示されているような、巨大な水槽。

 

 室内は薄暗く、水槽の中もわずかな光が照らすのみで、あまりはっきりとは見えない。

 

 でも、確かにわかった。

 

 水槽の中には、人が一人。

 

 年の頃は二十代くらいだろうか。

 

 女性だった。

 

 円柱形のシリンダーのような水槽にいるその女性は、中に満たされた薄い青色の液体の中に、浮かんでいた。

 

 金髪ブロンドの長い髪が、水の中でゆらゆらと揺れている。


 身につけているものは何もない。


 服も着ていなくて、生まれたままの姿だった。


 ついでに言うと、呼吸をするための酸素ボンベみたいなものもつけていない。


 女性は液体の中で目を閉じて、動かないままで、眠っているのか、死んでいるのかわからない。

 

 だけど、肌艶はよく、とても死んでいるようには見えなかった。

 

 俺はシリンダーに近づいて、そっと手を触れた。

 

 すると、女性は閉じていた目を開けた。

 

 俺は、女性と目が合った。

 

「ようやく、たどり着いたようじゃの」


 女性が口を開くと、俺の脳内に声が聞こえた。

 

 トーコだ。

 

 目の前の女性は、トーコで間違いない。

 

 見た目はゲームの中で見た、ホビエルフの少女ではなく、現実リアルの女性だけど、間違いなく、トーコの声だった。

 

「トーコ……なのか?」


「あまり見つめるでない。恥ずかしいからの」


「あ、ごめん」


 俺は思わず、トーコから目を背けた。

 

 なにしろ、目の前のトーコは何も身に纏っていない。


「ふ、冗談じゃ、気にするでない。ミナトはウブじゃの」


 年上の女性に揶揄からかわれたのは初めてじゃないが、どうも俺はそういうのは苦手だ。

 

 俺は、トーコから目を背けたまま、トーコに聞いた。

 

「なあ、そこは水の中なのに、なんで呼吸ができるんだ?夢の中だからか?」


「確かに、ここは夢の中、深層の世界の中じゃ。じゃが、今ミナトが見ているのは、現実の我の姿そのものじゃよ……我は現実世界でも、こうやっているのじゃ」


「そう……なのか」


「質問に答えるとしようかの……この液体はの、呼吸可能なのじゃ。この液体は培養液みたいなものでな、呼吸しなくても、直接、人体に酸素を送り込む事ができる液体なのじゃ。ついでに栄養も取り込んでくれるので食事もいらんのじゃよ」


「便利なんだな」


「おまけに、この液体に使っていると常に新鮮な細胞に入れ替わるのじゃ、我は、本来はずっとおばさんなんじゃが、おかげで、こうして若い姿を保っていられるんじゃよ」


「老化も抑えるのか……チートすぎるだろ」


「まあ、その代わり、我はこの水槽から外に出る事はできん体になってしまっておるがの」


「それは困るな」


「この水槽はの、我のベッドなのじゃよ。そしてこの建物は、病院なのじゃ。我はもう長い事、この病院のベッドにいるのじゃ」


 そういえば、トーコに会った時、そんな事を言っていた気がする。

 

「じゃが、我はそれも悪くないと思っておる。ここからは、好きなだけ仮想V世界Rにいる事ができるからの」

 

 トーコは、ずっとここからゲームの世界に入っていたのか。

 

 パストラル・テイルズの時も、そして今、パストラル・クエストでも。

 

「ミナトよ、お主には我のこの姿を見せておきたかった。じゃから、少々遠い所を旅してもらったという訳なのじゃ」


 ほんとだよ。

 

 遠すぎだろここまで。

 

「じゃあ、そろそろ約束通り、夢から覚めさせてくれ」


「わかっておる。わかっておるが……」

 

 さあ、【胡蝶夢廻廊オニロ・ペタルーダ】を解いて、早くこの夢から覚めさせてくれ。

 

 だが、なんだろう、なんか嫌な予感がする。

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