第35話 トーコⅨ

「ミナトよ、お主を素直に、この夢からかえす訳にはいかんのじゃ」


「な、なんでだよ。【胡蝶夢廻廊オニロ・ペタルーダ】はスキルを掛けた本人を見つけたら解けるはずだろう!なら、その条件はクリアしたはずだ!」


 俺の問いに対し、目の前のトーコは何も答えなかった。

 

 ……が、俺の後ろから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「その質問には、我が答えようぞ」


 振り返ると、そこにはホビエルフの少女。

 

 ゲームのアバターとしてのトーコがそこにいた。

 

「と、トーコが……二人……」


 ホビエルフのトーコは、ゆっくりと俺の方に歩み寄る。

 

「我は、夢の中のトーコじゃ。そこにいる本物の我も言ってしまえば夢じゃがの」


「どう言う事だよ……」


「本来の夢の我はこちらなのじゃ。そして、我とミナトのどちらかがそこにいる現実リアルの姿をした我を見つける事こそが、【胡蝶夢廻廊オニロ・ペタルーダ】を解く方法なのじゃ」


 なるほど。


 俺にそんなルールは伝えられていないから後出し感は否めないが、夢の中のトーコも、俺と同じようにこのトーコを探していたのだろう。

 

 そして、発見すれば制限時間を待たずともこの夢から抜ける事ができる。

 

 つまり、もしトーコがそうしていたら、今頃俺は既に負けていた事になる。


 だが、トーコはそうしなかった。

 

 俺がここに来るまで、待っていた。

 

 どう言う理由があるかは知らないが、このホビエルフのトーコは俺とここで戦うために、夢から覚めないでいたのだろう。

 

 だったら、遠慮なくらせてもらうだけだ。

 

「いいだろう、お前を倒して、俺はさっさとこの夢から出ていく」


「ふ、そう来なくてはな……では、いくぞ」

 

 俺は、身構えた。

 

 ここはトーコの夢の中だ。

 

 どういう攻撃を仕掛けてくるかはわからないが、俺の方は圧倒的に不利な気がする。

 

 だから、相手の出方は伺っておくに越した事はないだろう。

 

 トーコは、呪文を唱え始めた。

 

 詠唱が必要な大技をいきなり出してくる気だ。

 

「させるかっ……フォティア!」

 

 俺はすかさず、炎の魔法をトーコにぶつけた。

 

 だが、一足遅かった。

 

 俺の魔法が当たる寸前に、トーコの姿が消えた。

 

 そして、トーコが別の場所から現れた。

 

「ふ、まだまだじゃの……ミナトよ、この技を解く事ができるかの?」


「解く……?」


「レアスキル【神の賽子セオス・キュボス】」


「なっ……」


 レアスキルだと……

 

 今のこの夢は、トーコのレアスキル【胡蝶夢廻廊オニロ・ペタルーダ】の術中なのだ。

 

 その状態でさらにレアスキルを発動させれられるのか……

 

 【神の賽子セオス・キュボス

 

 トーコがそう口にすると、ホビエルフのトーコの姿がぼやけて行った。

 

 そして、俺の周囲に、ホビエルフのトーコが何体も現れて、俺を取り囲んだ。

 

 俺を取り囲んだトーコは、全員弓を構え、矢をつがえている。

 

 このレアスキルは、分身する事ができるのだろうか。

 

 矢を放たれたら俺は、あっさり負ける……

 

「待ってやろう、ミナト。ここまで来た礼じゃ。お主が先に攻撃するまで、我は待つとしよう」


 俺を倒そうと思えば、簡単に倒せる状況なのに、わざわざ俺が攻撃するまで攻撃しない……だと。

 

 それに、なぜトーコに礼を言われなければいけない。

 

 何から何まで、意味がわからない。

 

 だが、結果として俺は、わずかな望みチャンスを手に入れた。


 この望みチャンスを、有効に使うしか、俺がトーコに勝つ方法はない。

 

 だが、どうやって。

 

 トーコの分身は全部で十人。


 その全員が、いつでも矢を放てるように、俺に弓を構えている。

 

 全員を一度に倒さないと、誰かに射られるのか……

 

「ミナトよ、お主は我を全員倒す必要はない」


 十人のトーコが一斉に喋った。

 

「このレアスキル【神の賽子セオス・キュボス】はの、影分身を作り出す技なのじゃ」


 つまり……十人のうち九人は偽物なのか……

 

 だったら、本物だけを見破ればいいって事か……

 

 

「そう、本物の我を攻撃するのじゃ。うまく見抜く事ができれば、ミナトの勝利じゃ。見抜く事ができなかった場合、本物の我は即座に反撃するであろう」


 なるほど。

 

 チャンスは一回。

 

 その一回で、正確に本物を見抜いて攻撃しなければいけないってわけか。

 

 やっかいだな。

 

 ……

 

 ……だが

 

 何か……おかしい。

 

 俺は、疑問を口にした。

 

「本当に、それだけなのか?」

 

 仮にもレアスキルだ。ただ分身するだけのスキルなら、レアスキルでなくてもありそうなものだ。

 

「ふ、よく気付いたの」


 十人のトーコの口角が同時に上がる。

 

 全員、ピッタリと同じ動作をするから、誰が本物かが全くわからない。

 

「このレアスキル【神の賽子セオス・キュボス】で作られた分身はの、全員が本物であって、本物ではないのじゃ」


「……どういう意味だ」


「ミナト、〝シュレーディンガーの猫〟は聞いた事があるかの?」


「ああ。外からは見えない箱の中に入っている猫と、その箱に毒ガスを送り込む装置の話だな」


「そうじゃ。シュレーディンガーの猫は量子力学の学者、シュレーディンガー博士が考案した、有名な話じゃな。箱の中にいる猫は、箱に入れるまでは生きておる。そして、スイッチを押すと、ある一定の確率で、箱の中には猫が即死する毒ガスが流れる」


「残酷なことを」


「この話はあくまで思考実験の一種じゃよ。本当にやるわけではない。そして、スイッチを押した後、箱の中の猫が生きているか死んでいるかは、箱を開けてみるまでわからない」


「毒ガスが流れたかどうかは、箱の中が見えないから外からはわからないんだな」


「そうじゃ。猫は、箱を開けてみるまで、生きているか死んでいるかはわからんのじゃ。この箱を開けることを、〝観測する〟と言う。観測する前の猫は生きていると言えるか?それとも死んでいるといえるかの?」


「答えは〝わからない〟だろう」


「否。量子力学ではの、生きているとも、死んでいるとも、両方の答えが正解なのじゃ。猫を観測するまでは、どちらの状態も存在しておるのじゃ」


「そんなバカな……」


「そして、猫が生きておるか、死んでおるかは、観測した瞬間に〝確定〟するのじゃ」


「……なにが言いたい」


「ミナトよ、もうわかっておるじゃろ。我のレアスキル【神の賽子セオス・キュボス】は、ミナトが攻撃するまでは、どの分身も分身であって本体なのじゃ。ミナトが攻撃した瞬間に、それが分身であるか本体であるか〝確定〟するのじゃ」

 

 ちょっとまて……それじゃ、後出しジャンケンみたいな事じゃないか。


 それって、ずるくね?

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