第10話 セーラス

アイギスの魔法がもうすぐ切れる。そうしたらキミは、ナインテイル・オルトロスが攻撃を始める前に、フォティアを撃って。効かなくてもいいから、とにかく撃ち続けて」


「わ、わかった。わからないけど、とにかく言う通りにするよ」


 アイギスの魔法の効果時間が切れたのか、俺たちを包んでいた魔法の膜は薄くなって消えてしまった。


 それと同時に俺は目の前にいる、9本の尻尾を持つ巨大な犬にフォティアの魔法を放った。


 予想通り、俺の放った魔法の炎はモンスターに届く前にモンスターの尻尾の一つによって、薙ぎ払われてかき消されてしまった。

 

 だが、めげずに俺は何度も何度もフォティアを撃ち続けた。


 フォティアは初級魔法だから威力は少ないものの、その分リキャストが早くて、かき消されて直ぐに次のフォティアを放つことができるので、とにかく数を撃つことに集中した。

 

 もちろん、俺の放った全てのフォティアは全て綺麗にモンスターの尻尾が消してしまっていた。


 モンスターの尻尾は青白く光っていて、モンスターが尻尾を振るたびにひんやりとした冷気がこっちまで届いた。おそらくあの尻尾は、冷気系の魔法を帯びているのだろう。

 

 何度も何度も俺が放った魔法をかき消された。


 そして、その度に空気がひんやりとしてくる。

 

 さらには、俺の魔法の炎が消える時に水蒸気となって消えていき、それが溜まり、あたりは霧のような白い靄が立ち込めてきた。


 気がついたら視界が靄のせいで悪くなってきた。

 

 女の子の姿も霧で見えにくくなって……あれ、いつの間にか女の子がいない。

 

 フォティアを撃つことに夢中になっていたのと、この霧のせいで完全に見失ってしまった。


 どうやらモンスターの方も、彼女がいなくなったことに気がついたみたいで、辺りをキョロキョロし始めた。

 


ケラヴノス!」


 声が聞こえたのは、上からだった。

 

 いつの間にか、彼女はモンスターの上空に浮かんでいた。


 凄まじい音が響いて、まばゆい閃光が疾った。


 モンスターの上に、雷が落ちる。


 モンスターの動きが止まった。

 

 彼女はひらりと降りてきて、続け様に呪文を詠唱し始めた。

 

 初級魔法では呪文の詠唱はいらない。


 フォティアケラヴノスといった、初級魔法は魔法名を言って杖を振るだけで魔法が放てる。

 

 まあ、今彼女が放ったケラヴノスは、初級魔法とは思えない威力だったけど。


 ……本当に彼女、回復師クレリックなのか?

 

 着ている服の見た目は回復師クレリックのそれなのだけど、どう見てもヒーラーって魔法の威力じゃない。


 攻撃系の魔法職——動画サイトで見た上級アーク魔術師メイジクラスの魔法の威力に思える。

 

 上級アーク魔術師メイジ回復師クレリックっぽい見た目の装備があるのだろうか。

 

 そして、上級職しか使えない魔法では、魔法名を唱えるだけでは発動できない高レベル魔法も存在し、そんな高レベル魔法を発動させる際には詠唱が必要だったりする。

 

 覚えるのに苦労しそうだが、その分威力は段違いだ。


 そんな高位魔法を、目の前の彼女は放とうとしていた。

 

セーラス!」


 彼女はそう叫び、杖を大きく振り上げた。


 杖から眩い光が放たれ、辺り一面を真っ白に染め上げて行く。

 

 光に包まれたモンスターは苦しそうにのたうちまわり、尻尾をでたらめに振る。


 モンスターの尻尾から火炎球やや氷の破片やらが辺り一面に撒き散らされる。

 

 俺は慌ててそれらを避けた。


 あっぶない。

 

 あんなの一発でも当たったら戦闘不能になってしまう。


 だが、彼女は避けなかった。避けようともしなかった。

 

 モンスターの尻尾から放たれた火炎球や氷片は、彼女に当たる前に消えてしまった。


 そして、彼女の上から放たれる光はより一層明るさを増して行き、ついには辺り一面が何も見えないくらいになってしまった。

 

 しばらくして光が治ると、モンスターが地面に仰向けに倒れたまま動かなくなっていた。

 

 本当に倒したのか……凄い。

 

 モンスターは少しの間、地面に倒れたままだったが、やがて光の粒と化して、完全に消滅してしまった。

 

 その直後に表示された獲得経験値の数字を見て、驚いた。

 

 カオス・プルモーを倒した時の経験値なんて比べ物にならない。

 

 おかげで俺は、あっと今にレベル10になっていた。

 

「あ、ありがとう……」


 彼女は俺が近づいても表情を変えることなく、淡々とステータスを確認していた。

 

「ううん。こちらこそキミがいてくれて助かった」


「いや、俺は何もしていないんだが」


「ナインテイル・オルトロスは、同属性の魔法攻撃に対して強い耐性を持つ尻尾を9つ持ってる。だからどんなに強い魔法を放っても、同じ属性の尻尾でかき消されてしまう。だから、誰かに注意を惹きつけて、尻尾を受け持ってもらわないと倒せないモンスターだった」


 ……そうか、俺は尻尾を惹きつける囮役だったのか。

 

「それに、火属性を持つキミのフォティアを、ナインテイル・オルトロスの尻尾が氷属性で相殺する時に魔法反応が起こってナインテイル・オルトロスの視界が一時的にわるくなった」

 

 あの霧みたいなのは目眩しになっていたのか。

 

「おかげで、ケラヴノスでナインテイル・オルトロスの動きを止めて、高位魔法のセーラスを詠唱する時間が稼げた。それはキミのおかげ」

 

 無表情のままだから、あんまりわからないけど、どうやら俺は彼女の役には立てたようだ。

 

「それに、あのナインテイル・オルトロスの動きをちゃんと見て避けていた。初心者冒険者プレイヤーとは思えないいい動きだった」


 兄さんとシューターやってた経験上、避けるのは得意だった。


 おかげでモンスターの攻撃を喰らわなかったのは確かだろう。

 

 一回でも食らったら、あのレベル差では一撃でやられていただろう。

 

「そうか。おれの方こそ助けられたけど、なにはともあれ、モンスターを倒せてよかった。そういえばまだ名前を名乗ってなかったな。俺はミナト」


「ミナト……ね。わたしはシア」


 シアさん……か。


 それが、俺とシアとの出会いだった。

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