第30話 トーコⅣ

 俺は兄さんから少し距離をとりながら、兄さんが教えてくれた座標付近に向かった。


 兄さんは森の中に入って行った。


 森の中は隠れる場所が多い。


 光学ステルス迷彩を来た敵は見えないから、開けた場所ではこちらが一方的にやられる可能性がある。


 だから、こちらも身を隠せる森の中はありがたい。


 その時だった。


 俺の後ろ、死角になっている場所に、何か強烈な違和感を感じた。


 この感覚は久しく忘れていた。


 だが、今、思い出した。


 俺は横に飛んで木の影に隠れた。


 さっきまで俺がいた場所を光線銃ライフルのビームが貫いた。


 ……危なかった。



 光学ステルス迷彩を着て姿を隠した敵の一人が攻撃してきたのだ。


 俺はとっさの勘が働いて無意識に避けていたから当たらなかったものの、避けなければ敵の放ったビームは確実に俺の頭部を貫いていた。


 当たっていれば致命傷だ。

 

 兄さんとの戦闘訓練が、役に立ったんだ。

 

 ……ん?

 

 この経験、前にもあったような……

 

 そうだ。

 

 忘れていた。

 

 パストラル・クエスト。

 

 俺は今、シューターではなく、パストラル・クエストをやっている途中だったんだ。

 

 そして、トーコのレアスキルで夢を見せられているはずだった。

 

 危うく忘れるところだった。

 

 そうだ、トーコを探さなければ。

 

 だが、その前に……

 

 俺は、腰のホルスターから電磁銃レールガンを抜き、トリガーを引いた。

 

 目の前には誰もいない。

 

 だが、さっきの攻撃の軌跡から、敵がいるであろう場所は、大体目星がついていた。

 

 敵はこちらから姿が見えていない事で、安心しているだろう。


 だが、それが命取りだ。

 

 敵は光学ステルス迷彩で姿を隠す事はできても、足跡や木々の隙間を抜ける際に葉に触れた時のわずかな音までを消し去る事はできていなかった。

 

 音は時に、視覚以上に有益な情報を教えてくれる。

 

 敵の姿が見えないからと言って、まったく手掛かりがないわけでは無い。


 そう、これは兄さんが教えてくれた事だった。

 

 大事な事は全て、兄さんが教えてくれた。


 光学ステルス迷彩を着込んだ敵との戦い方。

 

 その上、敵は自分の攻撃で、自らのいる位置をあえて教えてくれたのだ。

 

 もはや、〝ここいにいる〟と教えてくれているようなものだった。

 

 俺の電磁銃レールガンから放たれた白く光る電子のビームは、敵のいる位置を正確に射抜いた。

 

 残念ながら、敵の弱点に直撃とはならなかったが、敵の着込んでいたコートに穴を開ける事ができた。

 

 敵のコートには光学ステルス迷彩の機能が仕込まれている。

 

 光学ステルス迷彩が機能不全ショートして、敵の姿があらわになる。

 

 敵は、動揺していた。

 

 姿を隠す事で優位性を保っているような連中は、逆に言えば、姿を見せての戦いは苦手だと言っているようなものだった。

 

 俺はすかさず、ナイフを抜いて敵に飛びかかった。

 

 敵は完全に慌てている。

 

 今がチャンスだった。

 

 敵は何か防衛しようと、急いで背蓑サックから手榴弾チャージボムを取り出した。


 そして手榴弾チャージボムのピンを抜いた。

 

 俺に投げつけるつもりだったのだろう。


 だが、もう遅い。

 

 俺は抜いたナイフで敵の懐に潜りこんで、敵の胴体を切りつけた。

 

「ぐはっ!」


 悲鳴をあげながら敵は後ろに吹っ飛んだ。

 

 手には、手榴弾チャージボムを持ったままだ。

 

 吹っ飛んだ先で手榴弾チャージボムが爆発する。

 

 敵は見事に爆発に巻き込まれた。

 

 —— Kill Player Minato ——

 

 画面に表示される文字を見て、俺は勝ったのだと確信した。

 

 少しして、チームの勝利を伝えるメッセージが表示された。

 

 兄さんとスンアの方も決着がついたんだ。

 

 結果は、俺たちの勝利だった。


 俺は一息吐いて、アイテムボックスから水筒を取り出した。

 

 水筒から水を一口飲み、額の汗を拭う。

 

「よくやった、ミナト」


 いつの間にか、兄さんが側にきていた。

 

「兄さんのおかげだよ。俺が勝てるのは、兄さんがずっと俺を育ててくれたから勝てるんだ」


 

 兄さんは、いつになく顔を綻ばせていた。

 

「おいおい、ミナトがそんな事言うのは、なんか気持ち悪いな」


「本当の事さ。ずっとそう思っていただん。今まで面と向かってはいえなかったけど」


 いつの間にか、スンアもこちらにきていた。


 俺はスンアとハイタッチをした。


 兄さんは、下を向いて何か考えこんでいた。

 

 そして、徐に顔をあげると、真顔で俺に言った。

 

「なあ、ミナト」


「ん?何だ?兄さん改まって……」


「お前は、ここに何をしにきたんだ?」


 突然の問いかけに、俺はなぜか、胸騒ぎがした。

 

「何って……決まってるだろ。ヘルハウンドとの試合ゲーム……」


「いや、違う!」


 兄さんは、両手で突然俺の肩をわっしと掴んだ。

 

 スンアも兄さんに驚いている。


 兄さんの両目は、俺をしっかりと見据えていた。

 

「ミナト、よく聞け……」


 何だって言うんだ……兄さん。

 

「ここは、現実の世界じゃ無い。お前の夢の中だ。そうだろ?ミナト」


 やめてくれ、兄さん……

 

「ミナト、俺たちは本当はこの世界には存在しない。このゲームだって、ただ夢を見ているだけだ」


 兄さん、夢から覚めさせないでくれ……

 

 現実を、教えないでくれ。


「だが、お前はこの夢の世界に何か理由があって、来た。違うか?」

 

 俺は、兄さんともっと一緒にいたいんだ。


「ミナト、しっかりしろ。お前が元にかえれるよう、俺も手伝おう」

 

 だが、兄さんはいつだって、正しかった。

 

 俺の甘えを許さなかった。

 

「そのために教えてくれ。何をしにここに来たんだ?」


 それは、夢の中での変わらないらしい。

 

「兄さん……わかったよ」


 俺は、観念した。


 夢から、覚める決意をした。


「俺は、ある人を探している……」


 夢の中でも、やっぱり、兄さんは全てお見通しなんだ。


 兄さんには、敵わないな。


「ある人……とは?」


「トーコという人なんだ。見た目はホビットとエルフの血の入った、ホビエルフの女の子だ」


 兄さんは少し考え込んだ。

 

 俺は、もう少しこの世界で兄さんと一緒に闘っていたかった。

 

 いつの間にか、トーコを探して現実にかえりたいとは思わなくなっていた。

 

 ……だが、兄さんは。

 

 ……兄さんは、俺に正しい場所モトノセカイへ戻るように言う。

 

「……どうやら、この世界にはいないみたいだな」


「兄さん?」


「なんとなくだが、そんな気がする。お前が探しているトーコという人は、この世界にはいないだろう」


 わかっていた。

 

 本当は、この世界に来た時から、わかっていた。

 

 わかっていたけど、俺は、

 

 だが、兄さんはそんな俺に、はっきりと告げた。

 

 次の世界に向かうべきだと。

 

「わかったよ、兄さん」


「次の世界には、どうやっていけばいいのか……ミナト、わかるか?」


「ああ、わかってる」


 この世界には、俺はどうやって来た?

 

 トーコのレアスキルで夢の世界に堕ちたあと、俺は夢の世界のVRセンターで、VRの世界にフルダイブした。

 

 そして、この世界にやってこれた。

 

 だったら、ここから更に深層に向かう方法は、ただ一つだ。

 

「兄さん、転送装置を使わせてくれ」


 そう、上空に浮かぶ宇宙船。


 その中にある、転送装置を使う。

 

「そうか、ミナト、自分で答えを導き出したんだな。えらいぞ」


 兄さんの両腕は、まだおれの肩を掴んだまま。


 兄さんの両目は、俺を見据えたまま。


 兄さんは、とびきりの笑顔で笑った。


 俺は、そんな兄さんから目を逸らして、苦笑する事しかできなかった。

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