第29話 トーコⅢ

 気がつくと、俺は〝アストラル・アスター〟のロビーにいた。


 ロビーは未来的な宇宙船の中の、広い格納庫のような場所だ。


 壁の方を見やると、大きな窓があり、窓の向こうには漆黒の宇宙空間が開けている。


 その向こうには、黄緑色をした惑星が浮かんでいる。


 どうやら俺は宇宙ステーション・ステージに来ているようだ。


 最近は忘れていたが、昔、このゲームをやっていた時には見慣れた光景だった。


 俺は宇宙服を着ていた。


 動きやすくデザインされた、宇宙軍兵士向けの軽量バトルスーツだ。


 スーツのサイズは今より一回り小さいが、身体にはピッタリとフィットしていた。


 俺自身が、今より少し小さいらしい。


 俺は窓に自分の姿を映し出してみた。


 俺の姿は、あのゲームをやっていた頃の、中学生の頃の姿になっていた。


 ……


 そうだった。


 俺は、こんなことをしている場合ではなかった。


 トーコを探さないと。


 トーコを見つけて、レアスキルを解かなければ。


 その時だった。


「何してるんだ?ミナト」


 聞いた事がある事が聞こえた。


 振り向くと、そこには、俺と同じバトルスーツを着た、俺と同じ位の背丈の少年がいた。


 金色と白髪の中間プラチナブロンドの髪。


 少し暗めの黄金色アンティックゴールドの瞳。


 兄さんだ。


 そこには兄さんがいた。


「何ぼーっとしてるんだミナト、さあ、行くぞ」


 俺は、どうしてしまったんだ。


 だが、この時、俺の直感は伝えていた。


 何となくだけど、兄さんについて行けば大丈夫だ。


 そんな気がした。


「あ、うん行こう……兄さん」


「ふっ、変なやつだな、ミナト。ほら、スンアもずっとあそこで待ってるぞ」


 兄さんが指を指す向こうには、俺たちと同じバトルスーツを着込んだ、俺たちと同じ位の年頃の女の子がいた。


 チームメイトのスンアだ……間違いない。


 スンアは急かすように大袈裟な身振りで俺たちを呼んでいた。


 行かなければ。


「ミナト、今日の対戦相手はチーム〝ヘルハウンド〟強敵だ」


 分かってる、兄さん。


 ヘルハウンドとは、何度もやり合った。


 だが、俺と兄さんはずっと一緒に特訓していたんだ。


 負けるはずがない。


「行こうか」


 兄さんの言葉に、俺は無言で頷く。


 俺と兄さんは、スンアの元に合流した。


 3人で試合の申請をする。


 カウントダウンが始まった。


 このカウントがゼロになると、俺たち3人はあの窓の向こうの惑星に強制転送される。


 惑星には、敵のチームも同じように転送される。


 両チームのメンバー全員が惑星に転送完了された時、それがゲームスタートだ。


 このゲームでは、相手のチームを全員倒せばクリアとなる。


 俺は、バトルスーツのヘルメットを被って、転送に備える。


 兄さんとスンアもヘルメットを被った。


 ヘルメットはフルフェイスだけど、やや透明になっているので被っていても表情がわかるようになっている。


 チームの会話はヘルメットに備え付けられた無線機から行う。


 キーボードを表示させてチャットすることも出来るけど、コンマ1秒を争うこのゲームでは、キーボードを出す時間すら命取りになる。


 白い光が俺たちに降り注ぐ。


 転送ビームだ。


 光は俺の視界を真っ白に染め上げる。


 光が消えると、そこは剥き出しの岩と荒れた土の大地のうえだった。


 上を見ると、さっきまで俺たちが乗っていた宇宙船が霞んでみえる。



—— 両チーム転送完了 ——


—— ゲームスタート ——



 空中に文字が浮かび上がり、派手な効果音S Eが辺りに鳴り響く。


 いよいよだ。


「ミナト、スンア、練習通りにやるんだ。行けるな?」


 ヘルメット越しの兄さんの声に俺は無言で頷いた。


 スンアも同じく、無言で頷く。


 兄さんはいつもの様に、目を細める。


 兄さんは笑っている様に見える。


 そして、走り出した。


 俺とスンアも兄さんに続いて走り出す。


 敵のチーム、ヘルハウンドのメンバー3人は、3人ともそれぞれに個性が強い。

 

 一人は超長距離射撃が得意な狙撃手スナイパー


 もう一人は光学ステルス迷彩で透明になって、音もなく近づいてきて不意をつく暗殺術に優れた戦士。


 もう一人は、あらゆる武器を使いこなすオールラウンダー。


 誰も油断できない。


 だが、俺たちも負けてはいない。


 兄さんは走りながら、手で合図を送る。


 スンアが頷き、一人別の方角に向かって走って行った。


 スンアも敵の狙撃手スナイパーと同じで、遠距離攻撃が得意だ。


 スンアは隠れる場所を探して、そこから俺たちを援護射撃してくれる手筈になっている。


 兄さんはひたすらに走り続ける。


 まるで、敵の動きが分かってるかの様に、脇目も振らずに何処かのポイントに向かっている。


 兄さんはいつもそうだった。


 相手の考えを読むのが得意なんだ。


 ゲームの地形、相手のメンバー構成、そして天候やその場の勘、あらゆる要素を分析して、瞬時に答えを出す。


 そして、敵の動きを予想して、先回りをするんだ。


 俺には真似の出来ない芸当だった。


「ミナト、今から座標を送る。俺はそこに敵のリーダーが居ると確信している」


 兄さんが言うのだから、間違いはないだろう。


 その付近に敵の光学ステルス迷彩を着た一人が潜む筈だ。


 俺の役目は、兄さんが敵のリーダーと戦っている間に光学ステルス迷彩を着た一人を見つけ出して、倒す事……だった。


 俺は頷いた。


 兄さんとは違う方向に走り出す。


 目的地はもうすぐそこだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る