第33話 トーコⅦ

 少ししたら、扉を開けてホビエルフの少女が入ってきた。


 間違いない、トーコだ。


 どうやら過去のトーコも、今と同じアバターの姿をしているようだ。


「お主か、我を呼び出したのは」


 口調も今のトーコと同じだ。


「ああ。トーコ、俺はあんたに用があるんだ」


「だいたいは、ここに来る前にアッシュから聞いた。ミナトよ……」


 俺の夢を覚ますことができるのはトーコ自身だけだ。


 早く覚ましてくれ。


「残念だが、未来の我が掛けたレアスキルを、今の我が解く事は叶わぬ」


 な……なんだって……


「【胡蝶夢廻廊オニロ・ペタルーダ】と言う名のスキルを、今の我は知らんのじゃ。おそらく、未来で手に入れたスキルなのじゃろう。今の我にはそのスキルを使えんのじゃ。だから、解く事も叶わぬ」


「そ……そうか……ここまできて、手詰まりか……まいったな……」


 昔のトーコに会えば夢から覚めるのでは無いかと、少しは期待していなかったかと言われると、実際していた。


 だから落胆も大きい。


 がっくりと肩を落とす。


 シアはそんな俺を黙って見つめている。


「ミナトは、未来に帰りたいの?」


「……?」


「このまま、ここにいればいい。わたしはミナトの事をもう少し知りたい。もう少し、ここにいてくれると嬉しい」


「シア……」


 シアは気遣ってくれているだけかも知れない。


 だが、今はそんなシアの言葉が染み入る。


「ありがとう……シア。だけど、俺は戻らないと。未来のシアと約束したんだ」


 シアは少し微笑んだ様にみえた。


「そっか。未来のわたしも、ミナトに会いたいんだね」


「だから、なんとしてもこの夢から覚めないといけないんだ……だが……どうしたら……」


 結局は何も解決していないのだが、だからと言ってじっとしているわけにもいかない。


 何か……手は無いか……


「その事じゃがの……何とかしてやれるかもしれん」


 トーコは少し複雑そうな表情だった。


「本当か!」


 だが、そんな事に気がつく余裕のない俺は、トーコの両手をがしっと掴んで、トーコに詰め寄った。


「ああ……要は、未来の我に会いたいのじゃろう……我がいるであろう場所なら、心当たりが無いではない」


「どこなんだ……それは……教えてくれ!」


 トーコは下を向いて、少し考え込んだ。


 ややあって、顔を上げる。


 その顔は、何かを決意した様な顔だった。


「未来の我がなぜお主をこの夢に誘ったのか……それは分からん」


 ……な、何の話だ。


「じゃが、我には違いない。なら、我に案内して欲しかっておるのかもしれんの……」


 俺はとにかく、トーコの話を聞く事にした。


「ミナトよ、この世界にはどうやってきた?」


「ここにか?……転送装置だ」


「ここは、そこにおるシアと言う女性の記憶から構成された夢……と言う事で間違いないな」


「間違いないかは分からない……だが、そうだと思う」


「なら、次にお主が向かう先は、一つじゃ」


「それは……」


……じゃ」


 トーコの?


 そうか!気が付かなかった。


 確かに、トーコの夢の中に行けば、今のトーコに会える可能性は高い。


「よし、じゃあトーコの夢に行こう!」


 と、俺は勢い勇んで言ったは良いものの……

 

「でも、どうやって行けばいいんだ?」


 肝心な、他人の夢に入る方法がそもそもわからない。

 

 トーコ本人なら分かるのかも……と思ってトーコを見た。

 

 が、トーコは無言で首を横に振る。

 

 トーコもわからないのか……

 

「ミナトよ、解らぬなら、とにかく行動してみるしかないじゃろ」


「まあ、そうだな。ここにだって、狙って来れた訳じゃないし。なら、トーコのいる世界に行けるまで何度でも挑戦するしかない……か」


 俺だって、何も考えてない訳じゃない。

 

 ここまで、俺の過去、シアの過去と順番に夢の世界を回ってきた。


 これは、偶然だろうか。

 

 いや、そうではない……気がする。

 

 俺に夢を見せたトーコが、何らかの意図を持って導いている……

 

 或いは、トーコではないかもしれないが、何かに導かれている……

 

 なんとなく、そんな気がするんだ。

 

 なら、ここから先も、導かれるままに行けばいいだけだ。

 

 そうすればきっと、辿り着ける……はずだ。

 

 何の証拠も根拠もない考えだが、そうなる……という予感がした。。

 

「よし、ここからさらに深い深層の夢に潜ろう。アッシュ、この近くに、何か転送装置みたいなものはないか?」


「あ?ああ。転移魔法陣なら、王城の地下にある。他の国と行き来するのに使うゲートだ」


「それは、俺も使えるのか?」


「一般人には許可されていない。誰でも他国と出入りできてしまえば、他国の間者スパイや闇取引の業者を出入りさせてしまうからな」


「そうか……」


「だが儂とシアのような、冒険者登録している者なら話は別だ。冒険者は協定によって、同盟国間のゲートを好きに使用する権利が与えてられているんだ」


「その冒険者登録は、俺もすぐできるのか?」


「登録自体はすぐできる。できるが、転移魔法陣の使用には、冒険者ランクを上げる必要がある」


 

「やっかいだな。俺はすぐにでも行かなければいけないのに」


 【胡蝶夢廻廊オニロ・ペタルーダ】の制限時間がどのくらいなのかは、わからない。


 だが、なるべく早くしないと、先にトーコの方が起きてしまうのだ。

 

 この世界で、悠長に冒険者ランクをあげている暇はない。

 

 だが、転移魔法陣を使うには、この世界に来たばかりの俺にはランクが足りないらしい。

 

 どうすれば……

 

「ミナト、転移魔法陣、使いたいの?」


 俯いて考え込んでいると、シアが俺の顔を覗きこんできた。

 

「ああ。いそがないといけないんだ」

 

 シアは少し考えこんでいた。

 

 やがて、諦めたようにため息を吐いた。

 

「ミナト、顔をあげて」

 

 シアは、何かを諦めたかのように、決意に満ちていた。


 本当はシア、この世界で俺ともっと一緒にいたかったのかもしれない。


 俺が冒険者ランクをあげて転送魔法陣が使えるまでの少しの間、俺とこの世界で一緒に冒険して、この束の間の夢で一緒にいたかったのかもしれない。

 

 でも。

 

 俺の事情を知って、自分のままはぐっと押し殺そう、そして俺を次の世界に送り出そう……と決意したのかもしれない。

 

 だけど、そんな事は俺にはわからなかった。


 俺はただ、先に進みたかった。

 

 トーコに会って、この夢から目覚めて、未来のシアに会いたかった。

 

 シアは俺の手を取って、言った。


「なら、わたしが転移魔法陣まで案内してあげる」


「本当か?助かる!」


 俺はシアの手を握り返した。

 

 シアは、一瞬、悲しそうな伏し目になった後、俺を見つめて、複雑そうな表情を見せた。


 そして、ほんの少し、はにかむように笑った。

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