第0話 パストラル・クエスト
薄雲市に最初のVRセンターがオープンしたのは、今から二十年程前の事らしい。
その頃、俺はまだ産まれていなかった。
かつてカラオケボックスだった店舗の個室を改装し、各部屋にVRシステムを入れ込んだ。
システムは、人が一人入れるくらいのカプセル状の装置だ。
当時のフルダイブVRシステムでは、プレイヤーは個室で下着だけになって、カプセルの中に入る。
カプセルの中には電子ゼリーと呼ばれるゲル状の液体が浸されていて、プレイヤーは電子ゼリーのお風呂に入り、肩まで浸かる。
頭まですっぽりと浸かっても、一応、電子ゼリーの中では呼吸はできるらしい。
でもその必要まではなくて、身体の半分くらいが浸かっていれば、VRシステムは正常に起動する。
電子ゼリーの中に身体を浸すと、目の前の空間に、仮想現実のウインドウが浮かび上がるのが見える。
もうこの時点で意識は電子ゼリーを介して、
そしてウインドウからゲームを起動すると、あっという間に現実の感覚は消えて、意識は完全に
——これが、初期のフルダイブ型VRシステムだった。
フルダイブ型VRゲームは、現実にしか見えない程のリアリティのある世界だけど、現実ではあり得ない身体能力と異能を発揮する事ができた。
一回それを体験すると、もうテレビゲームには戻れない。
そんな訳で、フルダイブ型VRゲームは、世界中で大流行して行った。
まあ、今ではフルダイブのVRゲームなんてそんなに珍しい物じゃない。
今ではゲームだけじゃなくて、生活のあらゆる場所にフルダイブシステムが取り入れられている。
VRの学校や、VRの職場、VRの旅行なんて当たり前だし、VRの中に恋人がいる人だっている。
ただ、俺の住む地方都市の薄雲市では残念ながらまだその辺は遅れている。
俺たちは
それでもやっぱり、VRシステムは一大産業になっていて、遠くの親戚や友達にあう時にはVRを使うし、学校でも課外授業はVRでやったりすることがある。
VRセンターも昔からある駅前の雑居ビルやビジホ型やらショッピングモールの中にあるちょっとした店舗だけじゃなくて、大人数用の大型施設から、お金持ち専用のリゾートホテルみたいな豪華な施設まで、とにかく様々な種類がある。
VRシステムも一人用のカプセル型だけじゃ無くて、二人用とかグループ用とか、大人数仕様まで、色んな種類ができた。
大人数が入れるやつは、よく金持ちが仲間とバトロワゲームをやってネットで配信してたり、VR恋愛バラエティ番組なんかで放送されたりしてる。
そして何より、VRシステム自体も昔より進化している。
今では下着一枚になって電子ゼリーの風呂に浸かる必要はない。
今のVRシステムは、服を着たままで、専用のVRゲーミング椅子に座るだけで大丈夫だ。
椅子に腰を下ろすと、それだけで意識は
まず、目の前に半透明なスクリーンが浮かび上がる。
スクリーンにはゲームのメニューとかが表示されてる。
けど、まだこれは半分は
意識はまだ
ここで、遊びたいゲームとか、自分のキャラクターを選んでスタートすると、いよいよ意識は現実世界から完全に
ゲームが終わったらまた元の部屋でソファに座った状態で目が覚める。
これが今のVRシステムだ。
前やってたゲームは、兄さんに誘われて始めた。
兄さんが好きなのは、
シューターには、剣と魔法とか、王様とかドラゴンなんて
迷彩服を着て、銃とコンバットナイフを手に、ひたすら敵を撃って撃って撃ちまくる……そんな感じ。
兄さんと俺は、ある時は荒れ果てた荒野でチュートリアルのヘリ相手に何度も何度も死んでいた。
そしてある時は、鬼教官に海兵魂を叩き込まれた。
またある時は
……まあ、それはそれで楽しかった気がする。
でも、そんな日々には、終わりが来た。
兄さんに、彼女が出来た。
兄さんは、俺と一緒にシューターゲームで遊ぶ砂埃に
俺と兄さんは、やがて一緒に遊ぶ事が殆ど無くなった。
俺は一人であの戦場に行くのはちょっと怖かったし、かと言って、いまさら他のゲームを遊ぶ気にはなれなかった。
気付いたら俺は、ゲームから遠ざかっていた。
だけど……
たまたま、ある事がきっかけで、久しぶりにゲームしようかと思ったんだ。
それは偶然、テレビに流れた映像だった。
新作のフルダイブ型VRゲームのCM。
そのゲームは、ファンタジーの世界の
プレイヤーは剣と魔法を使ってモンスターを倒す。
王様とかドラゴンもいる。
最初にそのCMを見た時は、ふーんくらいで何も思わなかった。
けど、そのCMは結構な頻度で流れていた。
その映像を何度か見た時に、自分の中の何かが変わった。
ふと、自分の中で、もう一人の自分が囁いた。
なあ俺、ファンタジーのゲームをやってみてもいいんじゃないか。
最近じゃ、銃を撃つゲームばかりする様になってしまったせいで、すっかり大人になった気になっていた。
だけど、俺だって子供の頃、魔法使いに憧れていただろう。
その気持ち、思い出してみるのも悪くないんじゃないか?
このゲームの中だったら、憧れていた魔法使いになれるんだろう?
俺は、俺のそんな囁きに、何故だか凄く惹かれていた。
本当は俺も、煌びやかなファンタジーのゲームを遊んでみたかったんだ。
そして、ファンタジーの世界の中で、モンスター相手に思う存分に魔法を使ってみたかったんだ。
俺は、そんな俺の本心に気がついてしまった。
俺はこのゲームをやると決めた。
そして俺は、今までやってこなかった
初めてプレイするゲーム。
その名も、パストラル・クエスト。
俺は、パスクエの世界の住人になった。
そして俺は、この剣と魔法のファンタジーの世界で、念願の
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