第23話 ハルⅢ

「僕の推しはね、ジェネケミのカノンちゃんだよ」


 ハルは相変わらず単調な攻撃を続けながら、でも話をするのを止めない。



「ジェネケミ——ジェネシック・ケミカル・シスターズは配信番組の公開オーディションによって選ばれたんだ。事務所は韓国の大手芸能事務所、ムルマンドゥ・エンターテイメント」


 ジェネケミは韓国アイドルなのか……そういえば最近、韓国アイドルをよくテレビで見る。

「ジェネケミは韓国人3人、日本人2人の5人組なんだよ。カノンちゃんは2人いる日本人メンバーのうちの1人で、ボーカルが得意なんだ」

 韓国アイドル……と聞いて、俺は不意に忘れていた何かを思い出していた。


 それは、兄さんと一緒にシューターゲームをやっていた時の事。


 アストラル・アスターの対戦は基本的にチームを組んで戦う。


 俺と兄さんはもちろん常にチームだった。


 でも、俺たちは大人数対戦の時には他の人達のチームに混じって戦う時もあったし、俺たちのチームに他の人を招いて複数人チームを組む事も多かった。


 その中でも一時期よくやっていたのは、俺と兄さんにもう1人のメンバーを加えて3人でチームを組んで戦う、3対3のチーム戦だった。


 3対3のチーム戦をやる時には、兄さんがどこからかスカウトした人とやる。


 そして、その中でよく一緒にチームを組んでいた女の子がいた。


 その子は、年はちょうど俺と同じだった。


 その子は韓国に住んでいる韓国人の女の子だったけど、日本語を習っているらしくて、俺たちは日本語で会話する事ができた。


 そう、あの子は快活でよく笑う子だった。


 その子は学校に通いながら芸能事務所に所属していた。


 練習生という立場で、毎日歌やダンスのレッスンをしながら、いつかはアイドルとしてデビューするんだといっていたっけ。


 レッスンはかなり忙しくて厳しいらしくて、学校に通いながらレッスンをしてるだけで1日が終わってしまって、友達と遊ぶ時間は殆どないから、このゲームで俺たちと遊ぶ時間が貴重なんだと笑いながら言っていた。


 俺は、そんな貴重な時間をこのゲームに使っていていいのか?と聞いた事がある。


 シューターは好きだし、レッスンで習ったダンスの動きはシューターでも役に立つから楽しいと言っていた。


 それに、今の事務所からはゲーマーアイドルのグループをデビューさせたいらしく、練習生がフルダイブゲームをする事は推奨しているという事らしかった。


 彼女は、ダンスレッスンの成果をゲームに取り入れていた上に、天性の才能があった。


 俺たちと彼女が組んでいた時の勝率はかなりのものだったと思う。


 そういえば、彼女と遊ばなくなったのはいつだっただろう。


 ……そうだ。


 彼女は念願のデビューが決まったと言っていた。


 デビューが決まった後は、本格的にデビュー曲のレッスンから、日本語や英語の授業から、歌唱指導など、やる事が練習生の時より一気に増えて、しばらくゲームにくる事は出来ないと言っていた。


 俺たちはアストラル・アスターのロビールームにある喫茶室でささやかなお祝いをして、彼女を送り出したんだ。


 そんな事があったのをふと思い出した。


 あの子は今、無事にアイドルデビュー出来たんだろうか。


 韓国のアイドルグループの事はよくわからないから、今まですっかり忘れていた。


「なあ……ハル」


「ん?ミナトもジェネケミの事気になって来たかい?」


「まあ……な。ところでさ……」


「なんだい?」


「カノン以外のメンバーはなんて言うんだ?」


 その瞬間、ハルは明らかに顔が綻んで行くのが分かった。


「ミナト……嬉しいよ。ジェネケミに興味を持ってくれるなんて……」


 まあ、俺は別にジェネケミに興味が出て来た訳ではなく、あの韓国の女の子の名前を思い出して懐かしくなったから、ジェネケミのメンバーの名前が気になって来ただけなんだが。


「ミナト、聞いてくれてありがとう。ジェネケミは全員女の子のユニットだよ。日本人メンバーは僕の推しのカノン。それとウサだ」


 もちろん、俺はその名を聞いてもわからない。


 そして興味も湧かない。


 が、それをハルに伝える必要はないだろう。

 誰だって、自分の好きを誰かと共有したいんだ。


 ハルだって、いきなりそれが伝わるなんて思ってはいないだろう。


 ただ、誰かに聞いて欲しかっただけなんだ。


「そして、韓国人メンバーは……タルギ、ネンミョン、スンアだよ」


 ……⁉︎


 ……スンア。


 そうだ。


 スンアだ。


 思い出した。


 ……あの子の……名前を。


「わたしのなまえ、スンア。ポク・スンア。韓国語でポクスンアは桃って意味だよ」


 桃……名前が桃なんて変わってるな。


「そりゃ、芸名だもん。本名じゃないよははは」


 そう言って笑うスンアはまだあの時俺と同じ中学生らしい幼さが残るあどけない少女だった。


 俺はスキル、キーボードを使った。


 目の前の空間に、半透明のキーボードが現れた。


 俺は早速、ジェネケミを検索してみる。


 目の前の空間に、半透明のスクリーンが現れた。


 スクリーンに、ジェネケミのメンバーが映し出される。


 ……いた。


 あの子だ。


 ジェネケミのメンバーの中に、確かにあの時の少女と同じ顔のスンアが。


 あの頃より大人っぽくなって、すっかりアイドルって感じにはなってる。


 が、間違いない。


 俺と兄さんと一緒にアサルトライフルを抱えて砂漠を走り回ったあの子だった。


 懐かしいな。


「ミナト……早速検索してくれて僕は嬉しく思うよ」


 そう言えば、いつの間にかハルの攻撃の手は止んでいた。


「だけどね、今は僕たち、戦闘中なんだ。今はバトルに集中しようか」


 ハルがそれを言うか……まあ、いいけど。

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